浩子・・Ⅲ

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浩子・・Ⅲ

「お母さん!死なないで!死なないで!」 由香里の声が聞こえた。 さっきまでと違って全身が痛い、動かない。瞼ひとつ動かすことができない。 「お母さん!死んじゃダメ!生きてお願い!」 また由香里の声。 声は上から聞こえる。私のそばに立ってる。生きてる。 「お母さん、明日龍(あすりゅう)行かなきゃ。一緒に行かなきゃ!戻って来て!」 由香里はずっと私の上から言っている。 そうだね、明日龍(あすりゅう)行かなきゃ。 由香里と行くの!私は生きるの! 由香里と夫と、この世界で生きるの! まだ死なない、死ねない! 左手の小指を少し動かせた気がする。 「お母さん!お父さん、動いた!」 由香里。 瞼を開けるんだ! 由香里は大丈夫なのか?怪我してないのか?女の子なんだから、顔に怪我とかしてたら大変。 試合も近いのに骨折とかしてないよね? 怪我してないよね?あんなに頑張ってたんだから。 この目で見なきゃ、由香里の様子、見なきゃ! 「お母さん!!」 重い重い瞼を全力で動かす。僅かにできた隙間から、覗き込む由香里の顔が見えた。 よかった生きてる由香里。怪我してない? 「お母さん!目開いた!先生!目が開きました!お母さん!」 左手が強く握りしめられていることがわかった。 「由香里、大丈夫?怪我してない?」 そう言ったつもりの声が、酸素マスクの中で微かな音を含んだ息にだけなる。 「お母さん!神様ありがとうございます!ありがとうございます!」 そんな声にもう一度、左手の小指を動かしてみた。 昴、ごめんね。私は生きる。
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