「少女人形」

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 老人は、俺のすぐ手前まで来ると、乳母車を川面に向けた。  同時に俺も歩を緩めた。老人を観察したい。そんな衝動に駆られた。  すると老人は、川面を向いている少女の顔を覗き込み、 「ユカちゃん、今日はいい天気だね」と声をかけた。  独り言だ。  人形が応えるはずもない。定かではないが、老人の孫は「ユカ」という名前だったのだろう。  そう思った時だった。  乳母車の中で、何か、カタカタと音が聞こえた。  その音に反応するように、老人が「ああ、ユカ、今日は機嫌がいいねえ」と言った。  すごく気になった。  俺は、川面の風景を眺める男を演じ、しばらくその様子を見ようと思った。  老人は、傍にいる俺を気にする様子もない。    近くで見ると、老人の動作が気になった。その手には、数本の糸のようなものが握られている。それを微妙な動きで引いたり戻したりしている。すると、乳母車の中で、またカタカタと鳴った。  中を見ると、少女の口が動いている。口ばかりではない。その手も上げ下げされている。  そして、その大きな瞳は、瞬きを繰り返している。  黒髪の素敵な少女人形だ。  俺は理解した。老人は、数本の糸を器用に操って、人形を動かしているのだ。  
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