第三章 寮

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 紺野が一人で悪態をついている頃、大河(たいが)たち一行は新山口駅から新幹線に乗り込み、京都へと向かっていた。  京都行きが決まってすぐ、宗史(そうし)がネットで四人分の指定席を予約した。時期が時期なので隣同士の席はさすがに取れなかったが、一人一人の席はなんとか確保できた。本当は四人で座席を突き合わせ、聞きそびれたことを色々聞きたかったのだが、仕方ない。この時期に四人分の席が取れただけでも良しとしなければ。  けれど、影正(かげまさ)が病み上がりの大河を気遣って、隣の席の客に掛け合って席を交換してもらった。 「先日、検査で病気が見つかってねぇ。冥土の土産に、可愛い孫と最後の旅行をと思ったんじゃけど……仕方ないのぅ、いきなりじゃったからのぅ」  掛け合ったと言うより人の情を利用した詐欺みたいだった。剣道を嗜んでいて背筋も綺麗で体力もあるため、実年齢よりも確実に若く見える影正だが、こんな時の年寄り感は見事なものだ。  席を交換してくれたのは出張帰りの中年のサラリーマンで、大河は「暑い中お疲れ様です、ごめんなさい」と心の中で合掌をしつつ、善良な人を騙しておきながらのうのうと隣の席に座った影正に、気になっていた疑問をぶつけてみた。 「じいちゃんはさ、宗史さんと(せい)さんのお父さんたちに会ったことあるの?」 「いや。今回が初めてだ」 「え、でも、事件のこと宗史さんのお父さんに事前に聞いてたって言ってなかった?」 「ああ。両家の連絡先は、代々引き継いでいるからな。滅多に連絡することはないが、例えば子供が生まれたとか……誰か亡くなったとか。冠婚葬祭の時は一応な」 「へぇ、そうなんだ」  自分が知らないところで、そういった繋がりを長い間保ってきたのだろう。 「じゃあ、俺が生まれた時も?」 「もちろん。性別と名前を報告してある」  知らない人が自分の名前を把握していることに、少し不思議な感じがした。芸能人ってこんな感じなのかな、と思いながら、ふーん、と呟いて大河は座席にだらしなく背を預けた。 「大河」 「うん?」  視線だけを向けると、影正はわずかに間を開けて言った。 「お守り、ちゃんと持って来たか」 「うん、大丈夫。ポケットに入れてる」  大河は尻の横を叩いた。影正ではなく、宗史が昨夜新たに作ってくれた護符が入ったお守りは、見送りに来てくれた省吾にも同じものが渡された。 「肌身離さず持っておけよ」 「分かってる」  先日の一件でお守りの効力が絶大だと身に沁みた今は、もう手放せない。 「よし。京都まで二時間半くらいだ。辛かったら寝ておけよ」  そう言って、影正は小ぶりの旅行鞄から文庫本を出して老眼鏡をかけた。  先ほど、一瞬何か言いかけてやめた素振りは気になったが、万全の体調ではないことは確かだ。大河は小さく返事をして目を閉じた。
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