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「――私は、幸せだったよ」
最後の一文を声に乗せ、宗史は長く息を吐いた。
「影正さん、分かってたのか……」
晴が重苦しく呟いた。
宗史が便箋を封筒にしまい、静かにテーブルに置いたところで、大河は口を開いた。
「父さんと母さんは、京都に行く前の日にじいちゃんから聞かされてたんだって。だから宗一郎さんから連絡があった時、すごく驚いてすごく悲しかったけど、落ち着いて対応できたって言ってた」
大河は手紙に手を伸ばし、表書きの文字を慈しむように撫でた。少し癖のある、けれど達筆な文字は、子供の頃手作りの凧に大きく「賀正」と書いてくれたことを思い出させた。
「俺さ、二人に謝らなきゃって思ってたんだ」
え? と二人は首を傾げた。
「寮での態度、俺最悪だったじゃん。皆心配してくれてたのに、一人で閉じこもってさ。なんか……こう、悲劇の主人公気取りみたいな……って、あ――――思い出したらめちゃくちゃ恥ずかしいっ! てか自分がキモイ!」
顔を覆って自己嫌悪に陥る大河に、宗史と晴が小さく息を吐いた。わずかに口角が上がっている。
「あの状況なら誰でもああなるだろう? 別に恥ずかしいことでも気持ちの悪いことでもないよ」
「同感」
宗史に追随した晴がうんうんと頷いた。
想像通りの答えだった。二人ならきっとそう言うだろうと。影正は自分のことを「人に寄り添える優しさを持っている」と言ってくれたが、自覚はない。けれどこの二人がその優しさを持っていることは分かる。
大河は顔を上げ、二人を見据えた。
「ありがとう。でも、謝りたいんだ――ごめんなさい。それと、今日来てくれてありがとう」
心配をかけてごめんなさい。最悪な態度でごめんなさい。心配してくれてありがとう。じいちゃんのために来てくれてありがとう。うちで待ってくれていてありがとう。笑って話してくれて、ありがとう。
たくさんのごめんなさいとありがとうの意味を込めて、大河はテーブルに額がくっつくほど頭を下げた。
「大河に礼を言われるようなこと、俺たちはしてないよ……」
ふと聞こえた宗史の苦しげな声に顔を上げると、二人とも沈んだ表情で大河を見ていた。
「むしろ、俺たちが謝らなきゃいけねぇんだ」
「え?」
二人に謝られるようなことをされた覚えはない。大河が目をしばたくと、二人はおもむろに座っていた座布団の後ろへ移動し、頭を下げた。
「影正さんを守り切れず、申し訳ありませんでした」
虚をつかれ、一体何を言われているのか理解するのに時間がかかった。そして思い出した。寮を出る時、明と宗一郎が同じことを言って頭を下げていたことを。
「……父さんが、言ってたんだ」
大河がぽつりと語り出し、二人は顔を上げた。
「帰ってきて、俺言ったんだ。じいちゃんは俺を庇って死んだ。だから俺がじいちゃんを殺したって。でも父さんは、こんな状況になった時、大概の人は思うことなんだって言った。あの時ああすればよかった、こうすればよかったって自分を責めて、後悔するんだって。父さんと母さんは、じいちゃんの話を聞いて止めたらしいんだ。でもじいちゃんは頑なに譲らなかった。宗一郎さんから連絡をもらって、二人ともすごく後悔したって言ってた。あの時、意地でも止めておけばよかった、どうして止めなかったんだろうって。でも、じいちゃんは自分が選んだ人生を全うした。例え後悔が残っていたとしても、じいちゃんは自分が選んだ人生を全うしたんだから、俺たちが後ろめたく思う必要はない。でもその気持ちは大切だって」
大河は一呼吸置いて言った。
「宗史さん、晴さん、ありがとう。俺は、二人が申し訳ないって思ってくれて嬉しい。じいちゃんのこと守りたいって思ってくれてたってことだと思うし。なんだかんだ言っても、その気持ちはじいちゃんも嬉しいんじゃないかな。でも、俺たちがずっと後悔し続けることを、じいちゃんは望んでないよ。悲しみに溺れるなって、そういうことなんじゃないかな」
影正の手紙を読んだ時、違和感を覚えた。自分が知っている影正は、もっと凛として潔い人だった。けれど手紙の中の影正は、迷い悩み、後悔し恐怖を感じる、一人の人間だった。父親、母親、祖父、祖母、兄、姉、弟や妹と言った呼び名は、単なるレッテルに過ぎないのだと知った。誰しも迷いもするし悩みもする。間違いを犯して後悔もするし、死を恐れもする。当たり前のことだ。祖父を一人の人間として見た時、やっとどれだけ辛かったのかを思い知った。
父として、祖父として、男として、人として、そして刀倉家当主として。どれだけ悩んだだろう。どれだけ迷い、後悔しただろう。そう考えると、涙が止まらなかった。
て言うか、と大河は続けた。
「身勝手なこと言ってるのは分かってるって言いながら、俺たちが立ち止まってたらケツ蹴っ飛ばすくらいはするよ、あの人。そういう人だもん。俺子供の頃から何回も殴られてるし。自分のこと棚に上げてよくあんなことできたよなー。理不尽」
会合の時も殴られたし、とぶつぶつ不満を漏らす。あれはおそらく、過去の自分が選んだ道を後悔したからこその所業だったのだろうと、今なら分かる。子供たちに同じ轍を踏ませないよう、影正なりに必死だったのだろう。最後に残したこの手紙もまた然りだ。
「後悔はしても、し続けるな、ということか」
「うん。じいちゃんのことだし、わしを踏み台にするくらいの気概を持て! くらいは思ってそう」
影正の真似をした大河に、二人は笑った。
「似てねぇー」
「え、そう? こんな感じじゃない?」
「影正さんの声はもっと響くだろ。腹式呼吸完璧」
「大河! ってあの声量はびっくりしたよな。会合の時のさ」
「ああ、大河に平手くらわせた時の」
「笑うなよー。あれめちゃくちゃ痛かったんだから」
むっと唇を尖らせると、二人は屈託なく笑った。こうして誰かと影正の話ができることが、とてもありがたい。影正の存在がまだ、ここにあると思えるから。
だが、あまり思い出に浸っている時間はない。
「あのさ、もう一つ話したいことがあるんだ」
大河はかしこまって切り出した。二人も笑うのを止め、大河を見やる。
「もう一度、俺を京都に連れて行ってくれないかな」
今の自分が後悔しないと思う選択をしろ。そう影正は言った。だから考えた。考えて、答えを出した。
「俺、じいちゃんが死ななきゃならなかった理由が知りたいんだ。この事件の犯人が、人を殺してたくさんの人を悲しませてまで何がしたいのか。何で鬼を復活させたのか。それが分かれば理由も分かると思う。だから」
「駄目だ」
宗史が鋭い声で一蹴した。ついさっきまでの穏やかな雰囲気は一掃され、宗史が硬い表情で大河を見据える。
「それはできない」
有無を言わせない声に、大河はすぐに食い下がれなかった。宗史が拒否する理由を分かっていたからだ。
「俺が、術を使えないから?」
「そうだ。術を使えなければ、それだけお前を危険に晒すことになる。それどころか、鬼と対峙した時足手まといになる。もう犠牲者は出したくない」
忌憚のない理由に、晴も真剣な表情で無言の同意を示した。
二人の気持ちはよく分かる。自分だって同じ気持ちだ。もう誰の死も見たくないし、死ぬつもりもない。事件の結果はきっと報告してくれる。それを待つ選択もある。けれどそれでは駄目だ。今何が起こっているのか、どこへ向かっているのかこの目で見なければいけない。そうしろと心が訴えている。ここで諦めたら、それこそ一生後悔する。
「分かった。じゃあ、俺が術を使えたらいいんだよな」
「え?」
おもむろに立ち上がった大河を、二人は目をしばたきながら追う。
「さすがに上手くできないけど、見てて」
言いながら障子と硝子戸を開けて縁側に出た。
一気に流れ込んだ湿気た空気を正面から受け止めるように、大河は大きく息を吸い込んだ。ジャージのポケットから引っ張り出した細長い紙切れを右手の指に挟み、左手の人差指と中指を立てて唇に当てる。
「おい、まさか……っ」
晴が驚きの声を上げ、宗史が声を詰まらせて腰を浮かせた時、大河が真言を口にした。
「古より此の地におわす土公神よ、御力、成して我が前に示し給えと、恐み恐み白す」
影正が大河と省吾を納得させるために行使した術と同じ真言だ。
大河は言いながら霊符を庭へと放り投げた。すると霊符は宙に浮かんだまま光を帯びて――帯び続け、影正の時とは比べ物にならないくらいの強烈な光を放った。
「……え?」
疑問符がついた声を上げたのは大河だ。目の前で光を放つ霊符に、広範囲にわたって庭の土がもこもとと盛り上がり生き物のように飛んで張り付いていく。
「え、ちょ、ま……っ」
一番動揺したのは大河だった。出来上がった土人形は二階までゆうに届く高さで、手足の太さは大木ほど、胴体はその三倍はあろうかという巨大なものだった。風貌がまたしても土偶そっくりなのは、力を貸している神の趣味か。
「何だこれ!」
「こっちの台詞だ!」
二人同時に突っ込まれた。
三人はどんと目の前に佇む土人形を呆然と見上げる。
「これ……どうすんだ」
「どうするって……どうしよう。練習した時はもっと小さかったのに」
「練習? どうやって?」
「じいちゃんがノート残してくれてて。前に略式だって言ってたし、練習にちょうどいいかなって」
「略式っつったって、大きさは関係ねぇぞ」
「そうなの?」
「霊力のコントロールが上手くいかなかったんだろうな」
「それってつまり……」
「気合入れすぎだ、お前」
「そ、そうかな」
確かに、上手くできないが失敗はできないと力が入っていたかもしれないが、まさかこんな巨大なものができるとは思わなかった。
「それにしても、大河」
宗史が神妙な顔つきで大河を見やった。
「ノートって、陰陽術が書かれたノートか?」
「うん。なんか心得とかコツみたいなのが書かれてて、それ見ながら昨日から練習してた。二人なら絶対連れて行けないって言うと思って」
「げっ。一日でこれかよ」
「勉強より頑張った!」
「勉強を頑張れと言いたいところだが、さすがだな。影綱の霊力を受け継いだというのは伊達じゃなかったってことだ」
「なるほどなー」
宗史と晴が感心したように溜め息をついた。何か聞きたくない指摘が混じっていたが聞こえないふりをする。とりあえず、と宗史が話を戻した。
「今はこれをどうやって庭に埋め直すかだな」
「これ、見つかったら怒られんじゃねぇの? 庭の土ほとんど丸坊主だぜ?」
「ああっ確かに! でもどうやって」
戻そう、と最後まで言えなかったのは、玄関の扉が開く音が響いたからだ。同時に「ただいまー」と雪子の声が聞こえ、大河は頬を引き攣らせた。時計の針は五時を回っている。
「やばいやばいやばい! 今日帰って来ないかもって言ってたのに!」
「かも、だろ?」
晴が慌てふためく大河を横目にしらっと言い放つ。自分のせいじゃないからと他人事だ。大河はひとまずダッシュで居間を出て襖を閉めた。平常心平常心と自分に言い聞かせる。
「おかえりー。今日、帰って来ないって言ってたじゃん。どうしたの?」
襖を背にへらっと笑う大河に、雪子は違和感を覚えたのか首を傾げた。
「どうしたのって、夕飯作りに帰って来たのよ。あんた、どうせ宗史くんと晴くん引き止めると思って。それより、どうしたの?」
「何が? 別に何もないけど?」
「……ふーん」
疑いの眼差しを向けながら台所へ入る雪子を見送って、大河は素早く襖を開けて居間へ入った。雪子には、まだ二人が泊まることを連絡していなかったのだが、さすが母親だ。息子の行動パターンを熟知している。
居間と台所は続きの間になっていて、中にもう一つ襖がある。エアコンを入れているため今は閉められているが、そこから入られると土人形は丸見えだ。大河はその出入り口の前に背中を向けて門番よろしく立ち塞がると、笑いを堪えている宗史と晴に小声で「どうしよう!」と訴えた。
「どうしようって言われてもな」
「このでかさは隠しようがねぇだろ。いっそ怒られた方が楽なんじゃね?」
嫌だ! とまた小声で訴えた時、予想外に廊下側の襖が勢いよく開いた。大河がびくりと大仰に体を震わせ固まった。雪子は縁側を塞ぐ巨大土人形を唖然と見上げ、ゆらりと大河に視線を流す。目が据わっている。
「あれは、何かしら」
「え、いや……その…………し、使徒?」
怪しげに視線を泳がせながら出た苦しい言い訳に、ぶはっと宗史と晴が噴き出し、雪子は声を荒げた。
「何馬鹿なこと言ってんの! 何したか知らないけどさっさと元に戻しなさいッ!」
「はいごめんなさい!」
弾かれるように縁側へ駆け出す大河の背中から「終わるまでご飯抜きよ!」と容赦ない宣言が飛んだ。
「使徒はねぇだろ、使徒は」
げらげらと笑いながら駄目出しをする晴に、だってと子供のように膨れる。
「それより、どうやって戻そう。そういう術とかあったりしない?」
「ないよ。まあ、地道に手作業で戻すしかないか」
「つったってよぉ。こんなでかいと上の方まで届かねぇだろ。下から崩したら危ねぇし」
「梯子で庇に上って崩すか。晴なら届くだろ」
「そりゃ届くと思うけど、一番上までは無理だぜ? スコップとかねぇの?」
「あ、倉庫にあるかも」
「お、ナイス」
「梯子もあったと思うからそれも見てくる!」
「頼む」
そう言って大河は庭のサンダルをつっかけて倉庫へ走った。
すぐにスコップと梯子を抱えて戻ってくると、さっそく晴が庇へ上がりスコップで少しずつつついて崩し、下で待ち構えた大河と宗史がスコップで庭に埋め直す、という地味な作業が延々と繰り返された。
とは言え、元より単純作業が向いていない大河と、何をするにも大雑把な晴は集中力が切れるのも早い。上からちょっかいをかける晴に、仕返しとばかりに大河が土団子を投げ返す。小学生かお前らいい加減にしろ! と宗史の怒号が響き渡ったのは言うまでもない。それを台所で夕飯の支度をしながら聞いていた雪子が、
「いつになったら終わるのかしら……」
と深い溜め息をついた。
「ごめん、二人とも」
ふと大河が呟いた。宗史と晴は一瞬手を止めて顔を合わせると、互いに察したように再び手を動かした。
「気にしなくていい。おかげで決心がついた」
「決心?」
今度は大河が手を止めて宗史を見やる。
「ああ」
スコップで地面を軽く叩いて平らにならし、宗史は汗が流れる額を拭った。
「大河の力を借りよう」
遠回しの京都への同行許可に、大河はぱっと顔を輝かせた。
「ただ、確認しておきたいことがある」
「うん?」
「正直なところ、この事件はいつまで続くか分からない。夏休みが終わっても、帰って来られないかもしれない。それでもいいんだな?」
宗史の懸念は、大河も分かっていた。鬼代神社の事件が起こったのは今月、七月上旬だ。そろそろ一カ月が経とうとしているのに、優秀だと称される日本警察が犯人の目星はおろか、手がかりさえ掴めていない今回の事件は、容易に解決しないだろうと。下手をすれば夏休みどころか年内、年を越す可能性だってある。そうすれば両親はさすがに連れ戻そうとするだろうし、大河が意固地になれば休学だって有り得る。
でも、それでも知りたい。知っておかなければならないことがある。
「それでもいい。覚悟の上だ」
大河は真っ直ぐに向けられる視線を、寸分の狂いもなく見返した。
宗史は満足そうに口角を上げ、分かったと言って作業を再開した。と、思い出したように言った。
「大河、術の訓練を怠るなよ。お前なら、真面目にすればすぐに扱えるようになると思う」
「ほんと? 頑張る」
「指導は俺かしげさんか、樹さんがつくと思うから」
「うん、わか……樹さん……?」
樹の名を聞いた大河が手を止めて宗史をそろそろと見やる。樹に対する印象は、悪い人じゃないけどあまり関わりたくない人、だ。しかも霊符無しで牙を召喚した実績がある以上、もう一度やれと無言の圧力をかけてくるに違いない。一日も早くそれ見たさに鬼のようにしごかれそうだ。
樹さんだけはやめてくれと訴えるその視線に気付いているのかいないのか、宗史はさらに付け加えた。
「朝だったら樹さんが中心になるんじゃないかな。俺は寮にいないし、しげさんは持ち場の仕事があるし。夜の哨戒から帰ってきて、樹さん自主錬してるから。それ以降は俺かしげさんになる」
こんなものかな、と宗史は一人ごち、にっこりと笑って大河を振り向いた。
「逃げるなよ、大河。自分が選んだ道だろう?」
「…………はい」
宗史さん寮に泊まり込んでよ、とは言い出せない嫌な威圧感を放つ宗史に、大河はがっくりと肩を落とした。頭上で晴が楽しげに笑っていた。
元通り、とは言い難いが土人形と化した土がすべて庭の土へと戻った頃には、すっかり日が暮れた七時を回っていた。見るからに「一度掘り起こして埋め直した」感が残る庭を見回して一応頷いた雪子に、揃って風呂へ放り込まれた三人は、これまたわいわいと騒がしく入浴を済ませた。
その後、雪子が用意してくれた夕飯をいただいた。集会所へと戻った雪子に言いつけられて後片付けを終わらせ、スナック菓子をつまみながらまったりとしていた時、廊下で宗一郎に連絡を入れていた宗史が戻ってきた。
「大河、明日のことなんだけど」
「うん」
宗史はテーブルにつきながら携帯を置いた。
「寮に寄らずに、一旦うちに向かう」
「うち? って、宗史さんち?」
「ああ」
「行きそびれてたから嬉しいけど……何で?」
桜に会えるかもという下心込みで賀茂家訪問ができるのは嬉しいが、何故直接なのだろう。
「実は、大河が眠っている間に土御門家で会合の時の刑事たちと話をしたんだ。覚えてるか? 二人組の」
ああ、と大河は記憶を掘り起こした。昴を組み敷いた叔父だという刑事と若い刑事だ。名前は……残念ながら覚えていない。
「顔は出てくるけど……」
「昴の叔父さんが紺野さんで、若い方が北原さん」
「ああ、そんな名前だっけ。何で来たの?」
「全面的に協力したいと申し出があった。それで、新しい情報が得られたんだ」
「えっ、マジで!? どんな!?」
思わずテーブルに前のめりになる。
「その話をするために、うちに来るようにとのことだ」
今は話す気はないらしい。それはそれで構わないが――。
「何で寮じゃなくて宗史さんち? 寮じゃ駄目なの?」
寮の皆はすでに話を知っているとしても、同席しなければいい話だ。それを何故わざわざ賀茂家なのか。いまいち腑に落ちない。
首を傾げる大河に、晴がまあまあと口を挟んだ。
「とにかく行ってみりゃ分かんだろ。な」
「うん、まあそれはそうだけど」
きょとんとする大河に、晴がところでと話題を変えた。
「お前、皆に話したのか? 京都行きのこと」
「ん? うん。父さんと母さんは、そう言うと思ったって言われた」
親としての勘なのか、二人は驚くことなく、しかし少々複雑そうな顔をしつつも受け入れてくれた。
「省吾たちにも、言ったんだけど……」
大河はふと表情を曇らせた。宗史と晴が顔を見合わせる。
「……どうした?」
「んー……昨日の昼間、省吾たちがうちに来てくれて。俺、その時にはもう決めててさ。言ったら、省吾とヒナはしぶしぶって感じだったけど分かってくれて。でも、風に……すっげぇ泣かれた」
『じいちゃん亡くなったんだよ!? そんなところにまた行くの!? 何で!? 何でたーちゃんがそこまでしなきゃいけないの!? たーちゃんも死んじゃうかもしれないんだよ!? 守ってもらえる保証なんかないじゃん! そもそもあたしは今回も反対だったんだよ! たーちゃんが決めたことだしって思ったから何も言わなかったけど、でもこんなことになったら黙ってらんないよ!』
そう言って、風子は号泣した。それきり、風子は聞く耳を持たなかった。通夜にも参加してくれたが話す時間もなく、それきりだ。できれば、完璧ではなくとも納得してくれてから出発したいのだが、ああなると風子は意固地だ。
思わず深い溜め息が漏れる。
「風の言うことも分かるんだ。心配してくれてるのも嬉しい。けど……」
じいちゃんが死ななきゃならなかった理由が知りたい。そう言っても納得してくれなかった以上、もう説得する術はない。現実問題、受験生に余計な心配をかけたくない気持ちもあるが、いっそ風子の意思は無視して京都へ行くしかないと思っている。
「わだかまりが残るけど、しょうがない」
今は、自分の気持ちを優先したい。ここを乗り越えなければ、これから先へは進めない気がしている。
自分に言い聞かせるようにぼそりと呟いた大河に、宗史と晴は、そうか、とだけ返した。
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