第四章 岐路

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 葬儀会場である島の集会所に到着したとたん、すぐに風子に掴みかかられた。涙で充血した目で睨みつける風子を、すぐに省吾とヒナキが宥めに入った。場所を変えましょうと促した省吾の後に続いて移動したのは、少し離れた空き地だった。 「何で来たのよ! あんたたちが巻き込んだせいでじいちゃんが死んだのに! あんたたちが殺したようなもんでしょ!? 鬼だか何だか知らないけど、勝手にやってればいいじゃん! 分かってたんじゃないの!? 危ないってこと分かって巻き込んだんでしょ!? 無責任だよ! たーちゃんがどう言おうとあたしはあんたたちのこと許さないから!」  涙で濡れた顔を怒りで真っ赤に染め、風子はそう言い放ち走り去った。  受けて当然の痛罵に、反論する気はこれっぽっちもなかった。どんなに言い繕っても、言い訳にもならない。  口をつぐんだまま立ち尽くす二人に、省吾が落ち着いた口調で言った。 「すみません。あいつ、すぐ感情的になるから。気にしないでください」 「いや。当然だ」  省吾は小さく息を吐いた。 「大河から聞きました、じいさんの死因。柴と紫苑以外の鬼だってことと、寮のことも。宗史さんたちは、他の鬼がいるって情報は掴んでいなかったんですよね」 「ああ。けどそれは言い訳にはならない」 「そうですね」  躊躇(ためら)いのないその潔さが、省吾がどれほど感情を押し殺しているかということを表していた。 「最終的にじいさんと大河が決めたことだし、だからって全部二人のせいかって言ったら違う気がするし。正直、俺もヒナも何となく分かってたんですよ。あの二人が京都へ行く危険性。止めればよかったと、後悔しました。けど、じいさんの意思を尊重するって決めたんで」 「意思?」 「それについては大河に聞いてください。ヒナ」 「え?」  唐突に話を振られヒナキは驚いた顔で省吾を見上げた。 「お前、風子のとこ行ってやれ。言うこと言ったら少しは冷静になっただろ。俺はもう少し話したいことがあるから」 「う、うん……分かった」  ヒナキは戸惑いつつ頷いて、その場を後にした。  ヒナキの姿が完全に見えなくなってから、省吾は二人に向き直った。 「俺は陰陽師でもない、何の力もないただの高校生です。でも、大河の幼馴染みとして二人に聞いておきたいことがあります」 「何かな」 「率直に聞きます。鬼には謎が多すぎる。紫苑はどうやって柴の封印場所を知って、どうやってこの島へ来たのか。柴は復活した時、正気じゃなかった。なら条件が同じ紫苑も正気じゃなかったはず。正気に戻る手段が一つしかない以上、それは誰がどこから調達したのか。封印された記述があった鬼は柴と紫苑のみで、他の鬼は駆逐された。それが嘘でないのなら、他の鬼は存在するはずがない。とすれば可能性は一つ。一連の事件に陰陽師が関わっていることは確定事項。それが寮のメンバーなのかそうでないのかまでは、まだ分からない。ですよね」  流暢に語る省吾に、宗史と晴は驚きを持って目を丸くした。 「……参ったな……そこまで気付いてたなんて。聡いとは思ってたけど」  宗史は諦めに似た溜め息を漏らした。 「冷静に考えれば分かります」 「けど、まだ断定はできていないんだ。情報が乏しくてね」 「そうですか」 「それ、大河に話したか?」  晴の問いに省吾は頭を横に振った。 「いいえ。あくまでも勝手な推測なんで。それに、寮の誰かが裏切ってる可能性があるなんて言えません。俺は寮の人たちを知らないですし」  聡い上に、自分の立ち位置を正確に把握している。敵に回すと厄介なタイプだ。 「ってことで、二人の連絡先、教えてもらえますか」 「え?」  今の話の流れからどうして連絡先交換の話に結びつくのか。虚をつかれた顔をする二人の目の前で、省吾は携帯をいじっている。 「理由は後で分かります。多分、止めても無駄なんで」  はい、と携帯を突き出す省吾に、晴が先に携帯を取り出した。 「何かよく分かんねぇけど、連絡先教えるくらい問題ねぇだろ」 「ああ、まあそれはそうだが……」 「あ、二人ともスマホじゃないんだ。赤外線ついてないですよね。じゃあとりあえずメッセージアプリを。後で番号送りますんで、登録お願いします」 「分かった」 「了解。って、お前さっきからやけに冷静で逆に怖ぇ。俺らに言いたいことあんなら言ってくれた方がこっちとしても助かるんだけど」 「それについては自分の中で消化してるんで大丈夫です。それに、感情で動く幼馴染みが二人もいたらこうならざるを得ないんですよ」 「大河と風子ちゃんか?」 「ええ。あの二人昔からあんな感じで。脊髄反射で動いてんのかと疑ったことがあるくらいです」 「ああ……」  思い当たる節がいくつか出てきて、宗史と晴は残念そうな声を漏らした。 「……何かやらかしました?」 「まあ、それなりに」 「数日で何したんだ、あいつ……」  雨が降る人気のない空き地で、喪服姿の青年二人と男子高校生が輪になって携帯を突き合わせ、横に小刻みに振っている様は、傍から見たら異様な光景だっただろう。  省吾が盛大に溜め息をつき、互いの液晶画面に受信完了の表示が出たところで携帯を離す。省吾が思い出したようにそうだと言ってスラックスのポケットを探った。 「これ、ありがとうございます。あれから特に何も起こっていません」  目の前に掲げたのは、橙色のお守りだ。影正に頼まれて宗史が作った護符が入っていて、京都へ戻る時に手渡した。 「そうか、良かった。破損したり失くしたりした時はすぐに連絡して。新しいものを作るから」 「ありがとうございます」  省吾は微かに笑みを浮かべてお守りをポケットにしまった。そして、おもむろに頭を下げた。 「あいつのこと、頼みます」 「え?」  二人の疑問の声に答えることなく、省吾は踵を返した。遠ざかる省吾の背中を見つめながら首を傾げる。 「どういう意味だ?」 「……さあな」  何となく、あの時に分かっていたのかもしれない。大河から、話があると持ちかけられることを。           *・・・*・・・*  どう接すればいいか、迷っていた。  あの日から大河とは一切の連絡を絶っていたし、そもそも連絡してもゆっくり話す暇もなかっただろう。  家族を亡くした経験がないわけではない。まだ幼かったとはいえ、祖父母が亡くなった時のことは記憶にあるし、栄晴が事故死したときは中学生だった。  涙一つこぼさずに喪主を務め上げた明。平静を装って強がる晴。涙で頬を濡らしながらも、必死に最後まで葬儀に参加した陽。もう、二度とごめんだ。そう思った。  正直、立ち直っていないと思っていた。  あんな光景を目の当たりにして、つい数日前までごく普通の高校生として平穏な生活を送っていた大河は、耐えられないだろうと。  それなのに、いくら周囲の者たちに支えられているとはいえ、こんなにも早く立ち直るとは。  素直に、強いなと思う。  その強さに、救われた。 「それにしても、宗」 「うん?」  寝る前の一服を終えた晴が、タオルケットの上に寝転びながら言った。宗史は照明の紐を引っ張って電気を消した。 「よく許したな、大河の京都行き」 「あそこまで意思が固いと、俺たちが許可しなくても来るだろうと思ったんだよ」 「あー、確かに。省吾も無駄だって言ってたな。連絡先を聞いたのもそれが理由か。大河に何かあった時のための」 「だろうな」  じいさんの意思は手紙のことで、あいつのこと頼みますは大河が京都へ行くと聞かされていたから。大河が術の練習をしていることも、おそらく知っていた。とすれば、こちらが術を使えないことを理由に許可しないだろうと予測できれば、許可が出る可能性が高いことはすぐに想像がつく。  末恐ろしい高校生だ。 「あいつ、お前に似てるよな。妙に冷静っつーか、潔いっつーか。あそこまで冷静だとちょっと怖ぇわ」 「省吾くんは冷静だけど、俺はお前が思ってるほど冷静でも潔くもないよ」 「お、なんだ珍しい。弱気だな」 「別に。色々考えさせられるなと思って」  何か思い当たる節でもあるのか、ああ、と低く呟いて晴はタオルケットにごそごそと潜り込んだ。 「影正さん、こうなること分かってたのかね」 「さあ、どうだろうな。けど、やたらと手回しはいいように思える」 「確かに」  ははっと晴は短く笑った。宗史はタオルケットをめくり、枕元に置いた影正のノートを見やった。  大河に借りてざっと目を通したが、術の数自体は多くない。守人としてか、結界の真言は基礎から上級なものまで霊符の図と共に揃っていたが、浄化や調伏の術はほんの一握りだった。むしろ、用語や陰陽師としての心得、術の仕組みの方に重点が置かれ、達筆な文字でびっしりと書き込まれていた。このノートがなければ大河は未完成とはいえ術を行使できなかっただろうし、自分たちも頑なに連れて行こうとは思わなかっただろう。  残された手紙の内容といい、ノートといい。こうなることが分かっていたとしか思えない周到ぶりだ。陰陽師としての勘か、それとも祖父としての勘か。  どちらにしろ、見事としか言いようがない。だが同時に思い出すのは、宗一郎の言葉だ。 『彼は諸刃の剣だ。気を付けなさい』  あの時、まるで大河がこれから先も関わるような言い回しだと引っ掛かったが、本当にこうなるとは思わなかった。あの時点で、宗一郎は視えていたのだろうか。だとすれば、影正の死も視えていた? それとも、影正から聞いていたのだろうか。聞いた上で、こうなることを予測していたとも考えられる。影正のあの覚悟では、例え止めたとしても聞き入れなかっただろう。だが、もし影正から聞いていなかったとしたら、あの言葉は何だ。  まさか。 「宗、おい。どうした」  自分の考えにぞっとした時、晴の声で我に返った。晴は上半身を起こしてこちらを覗き込んでいる。 「大丈夫か?」 「あ、ああ。悪い、平気だ」 「お前さ、あんま気にすんなよ」 「うん?」  晴はごろんと寝転がって背を向けた。 「皆が皆、納得するなんて有り得ねぇだろ。風子ちゃんの気持ちはもっともだし。とりあえず省吾とヒナちゃんだけでも一応納得してくれて良かったって考えるしかねぇんじゃねぇの? 俺らが口出ししたら余計こじれるぜ、こういうのって。それでなくても俺らは風子ちゃんにとっちゃ疫病神か死神みてぇなもんだろうし」  ああそっちか、と心の中で苦笑した。気になってないわけではなかったが、宗史の中ではすでに晴が言うとおり、大河と風子の問題だと結論が出ていた。疫病神だの死神だのは少々心外だが、風子にとってはそう見えているのかもしれない。 「そうだな」 「だろ。だからさっさと寝ろ」  おやすみ、と晴はそのまま口を閉ざした。 「おやすみ」  宗史もごそごそと潜り込み、目を閉じた。
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