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「うわぁ、綺麗だね、桜」
言いながら、隣にいる先輩へと、そっと視線を移す。
目が合うと先輩は、そうだね、と軽く相槌を打った後、
「桜が綺麗ですね」
かの文豪にまつわる有名な言葉になぞらえるかのように、そう口にする。
咄嗟に何か返すべきか、と口を開きかけた時、先輩が小さく笑った。
鼻の下が伸びた、いたずらっぽい笑みだった。
それを見て、一瞬脳裏を過っていた言葉が、自然と喉の奥へと引っ込む。
行こうか、と何も言わない私に、先輩が声をかける。
はい、と返事をして、先輩と並んで歩き始める。
死んでもいいわ、とでも言うべきだったのかな。
先輩の姿を横目で追いかけながら心の内で省みる。
言えなかった。けれど、その方がいいのかもしれない。
いくら常套句とは言っても、知的で博学な先輩にこの言葉の意味が伝われば、都合よく揚げ足を取られるに違いない。
もしかしたら先輩は、私にそう言わせたかったのかもしれない。
それなら尚更、言わなくて良かった。
軽々しく図に乗れば、先輩の思うつぼだ。
ふと強い風が吹いて、辺りの桜の木々が、一斉に揺れる。
枝がざわめき、花弁が一枚一枚風に乗って、川のように流れを作って運ばれていく。
桜吹雪。
それらを目で追う先輩を横目に見ながら、私は対称的に、少し寂しくなった枝を、食い入るようにじっと見つめていた。
引き込まれるように、はたまた、とりつかれるように。
「どうかした?」
そう声を掛けられ、そこで初めてそのことに気が付く。
不思議そうに顔を覗き込んでくる先輩に、ううん、と首を振り、ありがとう、と小さく微笑む。
それを見て、良かった、と先輩は満足そうに、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「くすぐったいよ」
私は明るく笑いながら、その手を、両手でゆっくりと退かす。
少し見上げた私の目に映った先輩は、また少し、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
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