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「もっとこっちに来てよ」
キスの後、先輩はそう言うと、私の返事も待たずに、私の体をそっと抱き寄せる。
ジョリジョリ、という少しだけ伸びた髭の感触が露出している首をくすぐったかと思うと、私を抱きしめる先輩の力がさらに強まる。
密着する体に、温かいな、というぼんやりとした感覚だけを抱く。
ふと、先輩の足元に目を向ける。
地面に雑に転がったフランの空箱は、まるでこの状況の虚しさを醸し出しているかのよう。一回ごとに望みをかけては、あっけなく絶たれる。
それが七回とも、全く同じように繰り返された。
もう、縋るように先輩の背に腕を回し、抱きしめ返す。
「……小夜ちゃん、緊張している?」
体に直接響くように伝わってくる、私をからかうような先輩の声。
別に、と私はまた否定する。
小さく笑うことさえできず、ぶっきらぼうな言い方になる。
緊張している訳じゃない、心拍数が上がるのは。
まあ先輩には、分からないと思うけれど。
「小夜ちゃんって、冷静だよね」
「冷たいだけだよ」
言いながら、くすっ、と笑う先輩に即座にそう答える。
私の返答に、確かに、と先輩はまたおかしそうに私に小刻みな振動を伝えてくる。
「でも小夜ちゃんのそういうとこ、結構好きだよ」
少し間が空いて、また小さな振動が伝わってきたが、私は気づかないふりをして、先輩に体を預けていた。
「そろそろ、帰ろうか」
駅まで送るよ、としばらく抱き合った後に、先輩が私の体を自分の体からゆっくりと離す。はい、と返事をして、先輩よりも先に立ち上がる。
不意を突かれたように、一瞬だけ動きが固まった先輩だが、すぐに、じゃあ行こうか、と立ち上がる。
フランの空箱は先輩に雑に拾われ、公園のごみ箱ではなく、先輩のジャンバーのポケットの同じ場所に再び収まった。
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