霞んだ春を

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 少し歩くと、住宅地の方へと入っていく。 遠くから見たことはあるのに、普段は来ない場所。 それなのに、何故だろう?見覚えがあるような、そんな気がする。  「ここ、夜になると桜がライトアップして、すごく綺麗なんだよ」 歩きながら、目の前の桜並木を、先輩が指差す。 「そうなんだ。確かに、枝の所に小さなライトがたくさん付いているね」 すかさず反応すると、そう、と先輩は嬉しそうに頷き、 「本当は、夜に一緒に来たかったな」 と、またいたずらっぽく笑うのを、苦笑して、そのまま聞き流す。 私の態度に、先輩も苦笑い。けれど、それでいい。  先輩の軽い言葉に、いちいち喜んだり、嬉しがったりしてはいけない。 そしてそういう素振りを、先輩に見せてはいけない。 それで先輩が私のことを、釣れない女だな、なんて思ったって、構わない。 そう思われる事よりなにより、先輩の隣にいられなくなってしまうことの方が、私には怖くて仕方がない。  「はい、ここだよ」 先輩に続き、桜並木と目と鼻の先にある公園へ入る。 公園は数本の桜の木とブランコ、それにブランコの周りを囲う柵があるだけの小規模のものだったが、ひっそりとしていて、二人だけで過ごすにはもってこいのように思えた。  おもむろにブランコに近付き、腰を掛け、ゆっくりと漕ぎ始める先輩。 その様子を見て、ただ見覚えがあるのではなく、前に一度ここに来たということを、私はふと思い出す。 そうだ、最初の時は、麗奈に連れられてここに来たのだ。 それは、一昨年のこと。 ある日の学校帰りに、天気がいいから、と麗奈に誘われて。それは今よりも少し遅い、五月頃のことだったと思う。  先輩がこの場所を知っていた理由、麗奈がこの場所を知っていた理由、麗奈が私をこの場所に連れてきた季節……。 考えを巡らせるうちに、色々なことが結びつき、やがて一つの事実へと繋がっていく。  そういうことか、と一人納得する私を、隣のブランコへと、先輩が誘う。 「ほら、小夜ちゃんも」 手招きなんかして、急かす素振りも見せる先輩は今、どんな気持ちでいるのだろうか。 肩に提げていたバッグをブランコの近くに置きながら、ふと脳裏を過った、小さな疑問と麗奈の顔。 先輩は麗奈とのことも、きっと覚えているはずだ。 忘れてなんか、いないはず。 それなのに、どうして……。 何事もなかったかのように、自然な笑顔で私を見つめる先輩。 その顔を見て、私はその理由を、すぐに理解する。  先輩には、麗奈や私だけじゃないからだ。  噂も立っていたことだし、私は初め、麗奈と先輩が付き合っているのだ、とずっと思っていた。 しかし、実際は違った。 先輩と麗奈は元々、セフレとして付き合っていた。お互い、合意の上で。 それが次第に、麗奈だけが先輩に恋心を抱くようになっていった。 そしてその思いを先輩に伝えた時、叶わぬ恋も、二人も関係も終わってしまった。  部活が一緒にも関わらず、先輩とあまり話さなかったのは、高校に入学した直後から、セフレがたくさんいるという先輩の噂は新入生の間でも広まっていて、私もそれを知っていたからだ。 それくらい、先輩には「女の子」がたくさんいた。 私も麗奈も、先輩が今まで関わってきた「女の子」の中の一握りに、過ぎないのだ。
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