霞んだ春を

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 涼しいね、とか、ブランコ乗るのは久しぶりだね、とか。 他愛もない会話をしながら、ひとしきりブランコを漕いだ後、ふと、先輩がブランコを漕ぐのをやめて立ち上がる。 それにつられるように、私もブランコを漕ぐのをやめる。 模索が、途中で打ち切られる。 けれど漕ぎ終わった途端、模索していた自分が、何故だかばかばかしく思えてきて、足元に転がっていた小石を、つま先で雑に蹴り飛ばした。  小さく跳ねながら飛んでいく小石を目で追っていると、ふと前方から視線を感じて、顔を上げる。 見ると、ブランコの周りを囲う柵に移動した先輩が、私の事をじっと見つめている。 何を考えているか分からないような、無の表情で。 私は反射的に立ち上がり、先輩の元へ駆け寄る。 私が来ると先輩は、口角を上げて、少し嬉しそうに微笑む。 それを見て少し安心した私は、自然と口元を緩ませた。  柵は鉄棒でできていて、背が低かった。 先輩がそこに寄りかかるようにして座ったので、私もそれを真似る。 先輩がジャンバーのポケットから、フランのお菓子を取り出す。 本当はポッキーのつもりだったけれど、それがたまたま売っていなかったから、フランにしたのだ、と会ってすぐに先輩が私に話した。 その少しちぐはぐな感じが私達らしくて、なんだかおかしい。  袋を開け、中身を一本取り出すと、 「ポッキーゲーム、やる人?」 先輩がそう、私を見つめる。 桜を見るという名目で、一緒にお菓子を食べる。 一緒にお菓子を食べるという名目で、これをする。先輩の言う、「お菓子」が「ポッキー」を指しているという事は、初めから分かっていた。 今日のメインは、これなのだ。 口元の緩みだけ抑えきれていないその表情に、私は笑いながら、うーん、とわざと言葉を濁す。 こうすると高確率で、先輩から動いてくれるはずだ。  私の反応に先輩は、釣れないなあ、といった表情で、 「ルールは簡単。先に折った方が、負けね」 思惑通り、一方的にルール説明を始める先輩に、うん、と目を見て頷く。  私の目の前に、フランが一本差し出される。 いつもより目を少しだけ大きく開いて、私の目をじっと見つめる先輩。 私は少し先輩の方へ体を寄せると、先輩の目を見つめながら、差し出されたその先端を、そっと口に含む。 先輩はそれを確認すると、フランを持っていた手を離し、反対側から、私と同じように、その先端を口に含む。 いつもより近い距離で、お互い見つめ合う。 ゲーム開始の合図のように。  慣れた様子で、フランを食べ進めていく先輩。 それに対抗するように、私も少しずつ、それを食べ進めていく。 かぶっていたキャップのつばが、何かに当たる感覚を抱く。 鼻と鼻が触れ合う。 少しだけ感じたひんやりとした冷たさが、顔の周りを包む温かな空気の中によく目立ち、その時初めて、照れくささや恥ずかしさを実感する。 次に、お互いの頬の一部が触れ合う。先輩の目を見る。 先輩はこのゲームにのめり込んでいるような、恥ずかしさの中にもしっかりとした意志を持っているような、そんな目をしていた。 その目に欲を感じ、鼓動が高鳴る。 あと、もう少し。 もう少しで、フランの食べるところが無くなる。  その瞬間を前に、目を閉じようとした時。 ボキッ、という鈍い音を近くで感じた。 見ると、あと少しの所で先輩がフランを折り、歯を見せ、照れくさそうに笑っていた。 「やった、じゃあ私の勝ちだね」 直前まで期待していた自分が、なんだか馬鹿馬鹿しく思え、恥ずかしい。 悟られないように、私はすぐにそう笑って見せる。
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