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プロローグ
始めて会ったとき
俺は君を天使みたいだ、と思った。
笑った顔は向日葵のように明るく、可愛く。
周りを照らしてくれる太陽のような存在だった。
だからこそ、君と結ばれたいと思った。
結ばれてからは、幸せで、楽しくて。
どうしてこうも、世界は残酷で最悪なものなのか、と恨んだのは、ついこの前の事だった。
1
「……瞳が?」
「階段から落ちて……私も今聞いたの。木原に連絡いってなかったの?」
「……うん、あ、今来た。」
メッセージ欄を見ると、そこには瞳からのメッセージ。
『瞳の母です。今日は。
瞳が階段から落ちました。意識不明です。
場所は高東病院です。』
と。
「田上は行くの?」
「うん、中村と。晴山が心配だし。……あ、紗奈ちゃんも日川も行くってさ」
「そか、じゃああとで病院で」
と言って電話を切る。
瞳が階段から落ちて意識不明なんて……
とにかく早く行かなきゃ…
と思い、俺は自転車をかっ飛ばした。
2
「日川!」
「木原……」
一足先についていた日川と新山が、病院に入っていくところだった。
「木原、瞳のとこ、行きなよ……急いで」
「うん……」
俺は病院の中を走って、治療室に行く。
「瞳……!」
緊急治療室……ICUの窓から見えた瞳は、沢山のチューブがついていた。
「木原くん……」
「今日は……あの、瞳は」
「命に別状はなくて けど意識不明なの」
瞳のお母さんは重く伝えた。
「あの……瞳のところに行ってあげて?」
「いいん……ですか?」
えぇ、と瞳のお母さんは言った。
服を着替えて、治療室の中に入る。
瞳は固く目を閉じていた。
「瞳……」
瞳の手は冷たかった。
目を覚ましてくれ……
俺は瞳の手を握った。
すると柔らかく、弱々しくだが手を握り返してきた。
「瞳…!?」
すると瞳が少し、虚ろなように目を開いた。
「瞳!!!」
やんわりと瞳は微笑み、また目を閉じた。
俺はぽろり、と気がついたら泣いていた。
瞳が、目を覚ました。
それだけで……嬉しかった。
でも……そのあとの瞳の言葉に、俺は戦慄した。
「君はだれ……?」
空気が、全てが、凍った気がした。
3
「瞳、意識戻ったの」
「……うん」
新山はそう、と小さく言った。
「…でも、俺のこと覚えてなかった。」
「私達の事は覚えてたのにね……」
そう、俺の事だけ、忘れていた。
「ねぇ、木原。木原のこと、じゃなくてさ」
「……何」
「……ううん、なんでもない。」
新山はそういうと、田上のところにいった。
俺と過ごした思い出も、なにもかも。
今の瞳の中には無かった。
俺との恋も、愛も、すべて……
一緒にいよう、これからもずっと。
そんな約束も、全部破られたようなものだ……
俺は泣きながらあの時…
「気にしないで……」
としか言えなかった。
恋を忘れてしまった君を、俺は愛せるのだろうか。
俺は窓の外の空気に、ひとつため息をついた。
さよなら、瞳のなかの俺。
4
「中村…俺さ、どうすればいいのかな」
「……俺にはわからないし…それを決めるのは木原じゃん?」
わかってるんだけど、と言葉を濁らす。
「でも……中村はさ、愛せる?もしも、自分の恋人が記憶なくしても……」
「俺は愛せるよ」
中村は俺をしっかり見ていった。
「だって本当に好きならもう一度恋するはずだから。
それに、俺が好きな人だから。記憶なくなったくらいで、好きな気持ちはなくならない」
中村はそう言い、俺にデカビタを手渡した。
「ほら、飲みなよ」
「うん……」
中村に手渡されたデカビタは冷たくて美味しかった。
瞳は歩けるようになり、病院の中をよく歩き回るようになった。
俺とも話してくれるようになった。
今日も学校帰りに病院に寄るところだった。
病院の中に入ろうとしたその時。
「木原くん!」
「ひと……晴山」
瞳が駆け寄ってきた。
「今日も来てくれたんだ、ありがとう!」
向日葵のような笑い方は変わっていなくて。
「いえいえ」
「ねぇ、木原くん。これ、あげる!」
瞳がそういって差し出したのは、小さなブーケだった。
「いつも来てくれてるお礼。こんなものしかあげられないけど……」
と、瞳は言った。
「ありがとう…嬉しいよ」
俺が微笑むと、瞳も微笑み返してくれた。
“また、恋をしてくれるはず”
そんな甘い期待で、俺の心は満たされていった。
エピローグ
あれから三週間。
瞳は元気になって、退院した。
瞳は相変わらず、俺のことなんて思い出さなかった。
けど、幸せそうに微笑む瞳がいれば、
俺はどうってことないと思った。
自分の気持ちを押し込めながら。
「木原くん」
「晴山」
「どしたの?」
「ちょっと、話が」
瞳は俺を連れて校舎の端の階段まで行った。
「晴山…?」
「木原くん、私さ、木原くんがすきなの」
好き?
瞳は……俺の事を、忘れて…
恋も、愛も……全部……俺との思い出も……
忘れた、はずなのに…
“また、恋をしてくれる”
中村の言葉がリフレインする。
「…ごめん、忘れて…私なんかに、告白されても嬉しくなんかないよね……」
と言い、立ち去ろうとする。
「待って」
瞳の手を引く。すると、瞳の目から雫が溢れ落ちた。
「俺も、好きだよ」
微笑み、瞳を抱き締めた。
瞳は、ただただ俺にすがって泣いた。
俺の事を忘れてしまった瞳も、
今までの瞳も、
俺は愛していけると、そう思った。
少し乾いた秋風が、窓から吹き込んできて。
俺と瞳を、優しく包み込んだ。
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