第1章:2005年12月7日 レイ@神奈川県茅ヶ崎市南湖 水澤家

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 実は和希の父親のアップさんは親父の教え子だったらしく、彼らが教師と生徒だった頃から何年も経った今、俺はアップさんに大変お世話になっていた。  ちなみにアップさんは皆がそう呼んでいるだけで本名はヨシノリとかそんな感じの和風の名前だったと思う。  両親の帰りが遅い俺は放課後はよく和希の家に行き一緒に宿題をやったりしていた。  ある日、理科の問題に二人で苦戦しているとアップさんはこう言った。 「理科は大事だからしっかりやれよ。料理だって要は化学なんだ。」  親父曰くアップさんは成績優秀で横浜の公立大学の工学部に進学したが奥さんが和希を身篭ったため大学を辞めたらしい。  大学中退後は彼の親が経営する茅ヶ崎の名前だけはアメリカ風の飲食店の後を継ぎ本格的なハワイアンレストランにリノベーションしお客さんをグッと増やした。  その後、和希の下にさらに三人の子供を設け、アップさん夫妻の懐の深さを受け継いだ和希は優しさと強さを兼ね揃えるクラスでも一目置かれる存在だった。  俺たちはバレーボール部に所属しており放課後練習がある時は一緒に帰っていた。明日もし和希が練習に参加できたらその後に相談してみよう。  ある程度次の方向性がみえてきたので少し気が楽になり俺は夕飯を食べ終えるため咀嚼に集中した。
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