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涙と花
「さよなら」
生暖かい風が頬を掠める。
「……どうして?」
「さぁ」
言葉少なにしか話してくれない。
ふんわりと浴衣の袖が舞う。
「嫌だよ」
「…俺はさ、別れたいの」
ひどく冷たい言葉が胸を刺す。
「…そっか」
「うん」
蒸し暑かった私の体が、急速に冷えていく感じがした。
「……だから…さよなら」
かつん、と下駄の音が聞こえた。
「待って…!」
「なに」
彼の目を見ることはできなかった。
「…やっぱり、私別れたくない。君が、居なくなったら私……」
「そんなの嘘だ」
「嘘じゃない」
顔をあげると、彼はひどく傷付いたような顔をしていた。
「……俺なんかいなくても、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないの………」
「こんな、やつ…いなくても、大丈夫だよ」
彼が俯く。
「大丈夫じゃない…私は、君がいなきゃダメなの。だから…お願い。一緒にいて…?」
彼の浴衣の裾をぎゅっと掴む。
「…俺なんかで、いいの?後悔しない?」
彼の体が少し震えていた。
「……君がいい」
彼の目を見て告げる。
刹那、私の体が彼に包まれる。
「ごめん……」
彼が私の肩に顔を埋める。
すると、ばん!と大きな音が聞こえた。
私は、彼の肩口から音のした方を見る。
濃紺の夜空に、赤色の大きな花火。
そしてすうっと消えて行く。
「…見てみ?綺麗だよ、花火」
「……うん」
彼は一度私から離れ、花火を見た。
空に咲く大きな花が、すうっと散っていくのを
二人で見つめていた。
「消えないでね」
私にしか聞こえないような声で、彼がそう言った。
「好きだよ」
同時に、ばん!とまた大きな音がした。
返事は聞こえただろうか。
ふふ、と彼が微笑んだ。
「ありがとう」
彼は、そう確かに言った。
END
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