北海島

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北海島

遠い北の果て... 万年雪が頂を覆う島がある。 いつからかは知らないがずっと昔から地元民は雪帽子島と呼んでいる。 その昔、多くの島民で賑わったが今は誰もいない。 本島から連れて来られた家畜も全滅した。 この島は無人島のはずだった。 トウヤ ナガテ 彼は本島の東都に住む26歳のタレントだ。8年前に歌手デビューして今では俳優がメインになった。 映画の撮影が終わりナガテはマネージャーに言った。 「俺、1週間休むから宜しく。」 「ちょ、ちょっと待って下さいよ。トウヤさん。 明日から雑誌の取材、TVのインタビュー、ぎっしりなんですけど。 伝えてありますよね。」 「じゃぁ、いつからだったら休めんの?」 「半年先までぎっしりです。」 「分かった、半月後から絶対休むんで宜しく。」 「トウヤさんお願いしますよ。 そんなの無理ですって。不可能ですって。」 「その無理を有理に、不可能を可能にすんのがきみ。 君の役目だ。君の才能を発揮する時だ。 そうだろ?嶋崎マネージャー。」 嶋崎は頭を垂れて控室を出て行った。 そしてTV局、雑誌社、ラジオ局に連絡し頭を下げ続けた。 ナガテはこの業界では、変わり者、ワガママ、偏屈者で通っている。 とにかく自己中心的に振る舞って来た。 それでも演技は神ががり的で映画出演依頼はあとを絶たなかった。 最近は映画以外の仕事は全て断っている。TVドラマは以前出ていたが、 元々の歌手の仕事でさえ最近は出なくなっていた。 ともかく映画一本なのだ。 そしてこなせる仕事は終わらせて半月が過ぎた。 ナガテは、さっさとどこかへ消えた。 彼は若いのに城、神社仏閣、石垣、遺構、遺跡そういった物に興味があり地方ロケに行った時は必ず散策した。 以前見た雑誌に載った北海島の漁師町ヒイラの海岸線が気に入った。 なだらかなカーブを描いた海岸にしがみつくようなメサの稜線が美しかった。 もう行きたくなったら我慢出来ない。そう言う性格なのだ。 漁師町ヒイラ近くのバンガローを1週間借りた。 その付近の状況も調べておいた。スーパー、居酒屋、定食屋など徒歩で行ける所に点在しているのを確認していた。 北海空港から車で2時間かかる。 レンタカーを借りるか、タクシーで行くか料金差を調べた。 金はそこそこ持っているのだが、そう言う所の無駄は嫌だった。 タクシーで行った。 目的地に近づくとスーパーなど付近を確認した。 バンガローに着くと、1週間後の午後2時に迎えを予約した。 午後5時の飛行機の予約をとっているので間に合う。 玄関の脇に立つポストを開けると鍵が入っていた。 広いベランダは海に面していてロッキングチェアが海風で少し揺れていた。 その奥には薪がうずたかく積まれていた。 部屋に入ると正面に鹿のハンティングトロフィーがあった。 ナガテは嫌いだった。ハンティングをスポーツとして行われている事が。 いかなる動物に対しても殺傷する事をスポーツとは思えなかった。 部屋の右端に暖炉と薪が置いてあった。 今の季節は必要としないだろうけど、冬になれば必需品だ。 無ければ多分命に関わるだろうと思った。 左奥には台所が見えテーブルと椅子が4脚置いてあった。 台所に行き水道の水を掌ですくって色匂い味を確認した。 詳しくはわからないが悪く無さそうだ。 階段があり2階へ行ける。 上がると海に面した寝室だった。 大きなサッシ窓を開けると海風が一瞬のうちになだれ込み部屋一面を磯の香りで満たした。 ツインベッドはダブル仕様で間にライトテーブルが置かれていた。 横になると窓が海と空の絵画のように見えた。 全般的に掃除は行き届いているようだが、気になる所に掃除機を掛けた。 ナガテはワガママで、几帳面で綺麗好きだ。 嫁のなり手は無さそうだ。 1階のデスクの引き出しの中に電源を切ったスマホをしまった。 今日は朝早くに家を出て東都空港から北海空港まで3時間のフライトだった。 北海空港に着いて食事を摂ったがもう腹ペコだった。 近くのスーパーまで食品の買い出しに行った。 海の幸、山の幸は豊富で安価だった。 エビ、クラゲの塩漬け、ほっけ、うに、イカ、タコ、貝類、様々だ。 ただし野菜は高かった。 肉はジビエがあり鹿肉、イノシシ、マトンなどがあった。 カップ麺、カップスープ、お菓子なども買った。 アルコールも売っていたがナガテは飲めなかった。 3日分の食材を買って冷蔵庫に収めた。 海鮮パスタを作って腹ごしらえをした。 インスタントコーヒーを飲みながらベランダのロッキングチェアで海を眺めた。リズムを刻む波の音や海風が頬を撫で心地良かった。 ウトウトして少し眠ったようだ。気付くと頭がスッキリした。 北海島の空港で見た週間天気は良好のようだった。 バンガローを出て海岸へ降りた。すぐに着いた。 砂浜の砂は細かく薄いクリーム色だった。 近くには根を張った植物がタコの足のようにうねっていた。 遠くには防波堤が見えた。船のマストも数本立っているようだった。 チョット遠そうだな、と思ったがトボトボと歩き出した。 見える限りでは人っ子一人見当たらない。 浜辺に打ち寄せる波は小さく穏やかだった。 そうこうしていると防波堤を登る階段に着いた。 以外に近かったなと思いながら階段を登った。 フジツボや小さな海藻が所狭しと凌ぎ合っていた。 防波堤の上に立つと視界が広がった。 3隻の漁船が係留されていた。 海岸側には4棟の船小屋がきれいに並んでいた。 メサの稜線がずっと先の岬まで続いていて白い灯台の様な物も見えて美しかった。 防波堤先端まで歩いて行くと多くの魚影が見えたがスッと姿を消した。 先端には立派な常夜灯が立っていた。 そこから水平線を望むと空の色が写り込んだ海は紺碧さを増し、ナガテは引き込まれるような感じがして身体がズンとした。 水平線に白い浮きのような物が見えたが気にもせず引き返した。 階段を降りようとした時に後ろから声がした。 「ここへは何しに来たんだ? なあ~んも面白えもんはないがなぁ。」 と茶色い顔をした漁師が船小屋の方から歩きながら近付いて来た。 「えっ、何もないから来たんです。」 とナガテは答えた。 「雪帽子は見えたかい?」 と茶色い漁師は聞いてきた。 「なんですか、それって?」 と聞いたが、 ナガテは興味もないし早く帰りたいと思った。 「ここからは中々見えねえからな、見えたら良い事が起こるって訳さ。」 と茶色い漁師は黄色い歯を見せながら笑った。 ナガテは面倒くさくなって黙って階段を降りて砂浜を踏んだ。 何時だろうと思ったが、時計もスマホも仕舞っている事を思い出した。 帰りながらバンガローの方を見ると小高い丘の麓にあることが分かった。 その丘は木々に覆われて頂きは平らになっているようだ。 明日、登ってみようと思った。 バンガローに着くと水平線に向かって陽が傾き始めていた。 そろそろ夕食の支度をしておこうかな、と思った。 インスタントコーヒーをいれ台所で飲みながら支度を始めた。 マトンを焼いた。野菜サラダと温めたインスタントのご飯と味噌汁を食べた。 お茶をすすりながらベランダに出ると、夕陽が水平線と交わり海水に触れた溶岩のように沸き立って見えた。 海風は陸風に変わり部屋の中に漂った磯の香りを海に返した。 砂浜まで下りて腰掛けた。温かみがまだ残っていた。 浜辺の夜は闇の足が速い。海は黒くうねり出しあちこちから何者かに凝視されているように感じた。 ふと、あの茶色い顔の漁師を思い出した。何て言ったんだっけ? 良いことが起こる、って言ったのは覚えていた。 何かすると良いことが起こるんだっけ? こうなると気になって仕方がなくなる。ナガテの性分だ。 サッと立ち上がり尻をはたき、部屋へ戻った。 おもむろにバッグの中の雑誌を取り出しめくり始めた。 空港の売店で買ったこの辺りの旅情報雑誌だ。サラサラと流し読みしていると見つけた。 この上の小高い丘には(ほこら)があるらしい。 古い歴史の言い伝えがある祠のようだ。詳しい事は載っていなかった。 明日行ってみようとは思っていたが余計に興味が湧いた。 そしてこれだ、と叫んだ。 雪帽子島。この港町から数キロ沖合にある海に浮かぶ島。 万年雪をたたえる10万年前に出来たと言う火山島らしい。 上空写真は凹みのある頂きに真っ白な雪が綿帽子の様に覆い、 麓には樹木に覆われた平地が広がっていた。 岩場の多い島のように見えたがなだらかな狭い海岸も見て取れた。 ナガテはこの島にも興味をそそられた。 シャワーで汗を流し冷えた水を飲んだ。カメラのバッテリーを確認した。 明日は先ずこのバンガローの上にある祠に行ってみようと思った。 2階の寝室から海を見ると黒い海面の所々で細かな光を放つ夜光虫がいるようだ。まるで夜空を埋め尽くした星ぼしの欠片が彷徨ってるようにも見えた。 ベッドに入ると海辺の夜を描いた様な絵画の窓を鑑賞しながら眠りに落ちた。 夢をみた。 女の子と手を繋いで海辺を歩いている。子供のボクはその娘を見上げながら 「ねぇあの島に行かないの。」 と言うとその娘は 「そうねあなたと行ったのはいつだったかしらね。また行かなくちゃね。 あの島の怒りが始まらないようにお願いしないとね。」 と言ってボクの顔を見て微笑んだ。 海風が窓を叩く音で目が覚めた。遠くで海鳥の鳴く声が聞こえた。
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