救助

1/1
前へ
/30ページ
次へ

救助

カガリ達はどこへ行ってしまったんだろう。 立ち上がろうとしても身体に力が入らなかった。 やっとの思いで立ち上がりふらつきながら湧水場で水を飲んだ。 冷たい水が身体を潤した。 水面に映った自分の顔を見てナガテは腰を抜かして座り込んでしまった。 まるでミイラの様に痩せこけ顎髭で覆われていた。 一体自分はどうしてしまったのか? 全く訳が分からないまま、カガリ達が居たあの洞窟へよろけながら向かった。 岩壁の向こう側に洞窟の入口があったはずだが、いくら見廻ってもそれらしい所は無かった。 ナガテは途方に暮れた。 風の冷たさや寒さが異常に増し一段とナガテの身に浸透し始め、 いよいよ睡魔が襲って来た。 「これはヤバい!寝てしまったら死んでしまう!」 ナガテは思い直し全身の力を振り絞って叫んだ。 「...カガリ〜!...カガリ〜!」 しかし血の気が引くのと同時に身近な音が遠のいて行くのが分かった。 ...もう死ぬのか...死にたくない...カガリ... 遠くで人の叫び声が聞こえる。 ザワザワと近づいて来る。 「カガリ遅いぞ〜...」 ナガテは朦朧として呟いた。 聞き覚えのある男の声もした様な気がした。 そして気を失った。 目覚めると布団で寝ていると感じてナガテは嬉しくなった。 久しぶりの感触だった。 しかしよく見ると自分の腕はチューブに繋がれ点滴を受けている事が分かり 布団では無く病院のベッドにいる事を理解した。 側には男が座って居眠りをしていた。 マネージャーの嶋崎だろうか。 「なぁ、嶋崎か?」 うまく声が出せなかった。 「嶋崎!」 今度は語気を強めた。 「...ああ〜トウヤさん! 気付きました?! 良かった!良かったです! どれ程心配した事か! 見つかってホント良かったです!」 嶋崎は少し涙目になりながら声を詰まらせた。 「おいおい、大袈裟だな。よく分かんないけどオレって一体何があった? そんで何故君がここにいる?」 しっかりと言ってるつもりだったが蚊の鳴くような声しか出なかった。 「トウヤさん冷たい事言わないで下さいよ。 行方不明になってず〜っと捜し回ったんですよ。 約1ヶ月間この北海島と雪帽子島を。」 「ん〜ん、そうだったんだ。心配掛けたみたいだな。済まなかった。 ……って。 今何て言った?まさか1ヶ月間って言わなかったよな?」 「そうですけど。トウヤさんは1ヶ月間行方不明でした。 時間の感覚が無くなってしまったんでしょうね。 お可哀想に。」 「いやいやいや、有り得ない。多分2、3日カガリと……」 言いかけて止めた。 カガリとの事は誰にも言えない、いや言わない事にしようとナガテは決めた。 「今日は何月何日?」 ナガテが聞くと、 「9月18日です。」 嶋崎が答えた。 8月のお盆前には東都に帰る予定だったから.... 全くもってナガテは混乱した。 「仕事はどうなってる?」 「はい、もちろんオールキャンセルです。一応今月いっぱいは入れてません。お気に掛けて頂きありがとうございます。」と皮肉混じりで嶋崎は笑った。 「私...必ずトウヤさんは見つかって戻って来られると信じていましたので、回復されたら仕事で挽回宜しくお願いします。 関係者の皆さん信じてお待ちです。」 嶋崎はまた涙声になった。 ナガテは全く腑に落ちなかった。 当然である。 あのカガリやヒババとの出会い。 何だか分からないがあのワクワク感と開放感。 そして惜しむ様にカガリと熱く激しく身体を交わせた時間。 あれは一体何だったんだ。.....夢? 浦島太郎はこんな気持ちだったのだろうかと思った。 自分が体験した事や行った場所をもう一度確認しなければ到底気持ちの収まりがつかないと強く感じ始めた。 「嶋崎…、無理は承知で聞いて欲しい。どうしても自分に起こった事を確認しに行きたい。このままじゃ仕事に集中出来そうに無い。これから電話で社長に心配かけた挨拶をする。その時に伝えて了解を貰うつもりだ。」 「トウヤさん、もうそんな事忘れて東都に帰りましょうよ。」 嶋崎は諦め口調で言った。 どうせ聞いてくれないのだと。 最初は神妙な口調でナガテは社長に詫びていた。しかし話が核心に入ると携帯から社長の甲高い声が嶋崎にも聞こえた。 当り前だがかなり興奮している。 しかしナガテの気性は社長が誰よりも知っているし1番の理解者でもある。 ナガテは嶋崎に携帯を渡した。 「いいわね、絶対常に一緒に行動するのよ。 一瞬たりとも目を離さない事。 いいわね!絶対よ! 10月2日には事務所に連れてくる事!」 と社長は嶋崎に喝を入れた。 嶋崎は頭を垂れた。 大仙和歌子。シオン芸能プロ社長 45歳。 16歳からこの業界に入りマネージャー、芸人、営業を経て32歳の時に事務所を立ち上げたやり手である。トウヤナガテとは10年来の知り会いだが5年前に口説き落して芸能界入りさせた。 ナガテは自分が発見された時の事を嶋崎に詳しく聞いた。 その日は失踪して1ヶ月を過ぎていた。 捜索隊、救助隊、ボランティア、地元の消防団等多い時は1,000人規模になった事もあったが、その頃は30~70人程になって諦め感が支配していた。 雪帽子島のありとあらゆる場所が調べられ山頂を始め全地域3巡りは捜索した。 それまでに見つかったのは朽ちた家の中からナガテの荷物と庭の木に掛けてあったパンツだけだった。 ただ獣の様な物を多くの人が見かけたが、それが何だったのかは分からずじまいとなった。 ナガテは滝の近くで発見された。 嶋崎と数名の捜索隊がいつもの様に湧水の近く迄来ると 「かが〜」 と叫び声が聞こえた。 先に誰かが捜索していると思ったが自分達より先に出た者は居なかったのを思い出して声がした方へ急いだ。 するとまた 「かが〜かが〜」 と2回聞こえたのでみんな走り出した。 はじめは誰だか分からない程変わり果てたナガテを見つけて嶋崎はみんなに「間違いありません!間違いありません!」 と泣きながら叫び、気を失ってしまったナガテの名を呼んだ。 担架に載せてかなり時間は掛かったが船着き場まで下り、そこから手配していた高速船で北海市の病院へ搬送された。 病院前には100名程のメディアで溢れていた。 そして入院して3日目の朝に目覚めた。 「でも不思議なのは、かが〜ってなんですか? 普通ならお〜い、とか誰か〜とか助けを求めるもんですよね。 覚えて無いかもしれませんが。」 と嶋崎は腕を組んだ。 ナガテはもちろん分かっていたが、 「カラスにでもなったつもりだったのかなぁ?」 とシラを切った。 そして今後の予定を嶋崎が確認した。 「10月1日に退院時病院前で会見。 10月2日は社長が事務所で会見。 夕方から事務所で今後の打合せ。 12月からクランクイン予定の映画台本が届きますので早目の対応が必要です。」 「こう言っては何ですが、今回の事故でトウヤさんの名は今迄以上に知られる事となりました。実は映画のオファーはすでに何本か来てる状況です。 なんせ1ヶ月間メディアに名前と顔が出続けたのですから。 オファー先はある程度トウヤさんのスケジュールに合わせるとも言って来てます。」 嶋崎は得意顔で言った。 「マネージャー、ボクは有名になる事に興味はないって事は知ってるよな。 自分が納得出来る台本しか出ない。 それはいいとして25日頃に雪帽子島に行けるよう手配してくれ。 2日間でいいから確認させてくれ。頼む。」 とナガテは言った。 「....ええ~...分かりました。 担当医に聞いてみますけど....」 嶋崎は言った。 すると病室の扉が開き、 「如何ですか? ご気分は?」 と言いながら担当医が入って来た。 「トウヤ ナガテさんお目覚めのようで本当に良かったですね。 わたしは担当医の鏡川です。 宜しくお願いしますね。 お腹空きませんか? 今夜から流動食になります。 血液、内科、循環器科色々と検査しましたが特に問題ありませんでした。 ただ筋肉をしっかりつけてリハビリをして元通りの身体にしましょうね。 何かご質問は?」 立て続けに話した。 鏡川 麻衣子 32歳  北海総合病院勤務 医師 「あの~~、25日頃から2日間程、一時退院したいんですけど....」 蚊の鳴くような声で嶋崎が聞いた。 「はっ?!今何とおっしゃいました? 25日から一時退院? って聞こえましたが。 気のせいですよね。 ああ~、10月ですね。 リハビリ次第ですが、多分大丈夫でしょう。」 と鏡川は言った。 「いえ...今月....」嶋崎が言いかけると、 「あのね、ボクの身体は自分が一番分かるんだよ。 少しだけ痩せてしまいましたが直ぐに回復しますよ。 ご心配頂きありがたいんですが、これから仕事に集中して行くためにどうしても行って確認しなければならないんですよ。 そう言う事なんで25日から出ます。」 ナガテは鏡川医師を見据えて一気に言った。 「どこに行かれるおつもりですか? ま、どこでもいいですが。 1週間後ですね...多分普通食を3回食べれるようになる頃ですね。 歩いては無理だと思うので車椅子で行かれるんですね。 だけど…わたしは担当医として許可しません。絶対に。 あなたのお噂は雑誌などで少しは知っています。 と言うか噂ですから真実は分かりませんが、 こうしてあなたが仰った事であながち間違えではないと思いました。 それに… 関係ないですが、あなたの出演された映画は全て鑑賞してます。 これからも鑑賞したいと思いますが、 25日にお出になるんだったらもう見れないかもですね。悲しい事ですが....」 鏡川医師もナガテを見据えて一気に話した。 2人は睨み合い激しく燃えるような稲妻が走った。 嶋崎はホントに稲妻が見えたような気がした。 「チョッ...チョットだけ様子を見て貰えませんか。先生。 ...それに今すぐ答えを出さなくても...ねえ...トウヤさん。いずれ10月2日には退院するんだし…」 嶋崎は2人を交互に見ながら言った。 「あら?何か勘違いしてらっしゃるようですね? その日は退院では無く転院出来る最短日と申し上げました。 そんなにこの方の役者生命... いえ命を短めたいんですか? マネージャーさんやご本人がそんなに望まれるんだったら、 もうご自由にどうぞ! 私は医者として患者さんを差別した事は1度もありませんしこれからもそうですが、自分にとって特に大切な方を回復に導きたいと強く思っていたので残念です。ご自分のしたいようにされるんだったら、 もう私は必要ないですね! ホント残念ですが……」 鏡川医師は薄っすらと涙を溜めて病室を出て行こうとした。 「先生……チョット待って下さい。 これは提案です、提案。 身勝手な事をしようなんて思ってませんよ。 身体をしっかり診てもらいたいです。 ただ…先生… 僕は精神的に参ってしまってる様なんです。 心をどっかに置いて来たしまったように感じるんです。 だからどうしても行きたいんです。 いえ...行かなければならないんです。 もう1度だけあの場所に。 先生も協力して下さい。 僕の心を取り戻す為に。 お願いします。」 ナガテは言った。 「...トウヤさん、何だか変わったなぁ。」 嶋崎は話を聞きながら思った。 「分かりました。 トウヤさんのプランが出来るだけ早く実現出来るよう考えて見ます。」 鏡川医師はそう答えるとチョット微笑みながら出て行った。 「チョット楽観しすぎたかなあ。 東都へは転院しないでここで身体を作ろう。 とにかく飯食って歩けるようにならなきゃな。 さっきの予定は白紙にしてあの担当医と改めて話ししよう。」 ナガテは自分に言い聞かせるように言った。 夕食の流動食は美味くもなく量も全然足らなかった。 看護師にクレームを言ったが我慢するしか無さそうなので腹がグウ~グウ~と文句を言うのを聞きながら寝た。 夢を見た。 鏡川医師が女の子を抱きかかえていた。 その娘の身体は力が抜け手足頭がダラ~ンとしていた。 ナガテがその娘の顔を覗き込むとカガリだった。 白粉を塗ったような真っ白な美しい顔だった。 「私の娘が死んだの。 あなたが救ってあげなかったから死んだの。 私はあなたを救ってあげたのに... あなたは石のように冷たいハートね。 でも私はきっとあなたを救い続けるわ。 だってこの娘の赤ん坊の父親だから... 救い続けるわ... あなたがもう死なせてくれって言ったて...」 ナガテはガタガタと震えだし顔を覆って嗚咽した。 「僕たちの子供をまた...またなのか!」 カーテンが開けられ明るくなった病室で瞬きしながらナガテは目覚めた。 「もうすぐ雪が降りそうです。」 看護師が言った。 外でカラスのなく声が聞こえた。 枝だけになった木々も寒さを堪えてるように見えた。 早くあの島に行かないと... カガリが待ってる... ナガテの頭の中で繰り返し響いた。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加