カガリ神社

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カガリ神社

ナガテは素直だった。 多分、生まれて初めてこんなに素直な生活をした。 3度の食事にリハビリと散歩... その日々をきっちりとこなした。 元々几帳面だからそういった事は苦にならない。 だからマネージャーの嶋崎は不安な日々を過ごしていた。 きっとこの反動はいつか来ると...... もちろんナガテには絶対的な目的があるから、 その他の事は全て犠牲に出来るのだ。 鏡川医師との話合いを重ね、もう計画はすでに整っている。 10月10日から3日間。 行程はナガテの希望通りにして貰った。 気力や体力ほとんど以前の状態に戻した。 しかし今回の旅は鏡川医師も同行して貰う事が事務所社長が出した条件だった。 初日は身体を慣らす意味でカガリ神社と灯台へ行く予定だ。 レンタカーを借り嶋崎の運転で病院からバンガロー近くの駐車場に着いた。 各自大きな荷物を抱えバンガローに入った。 当たり前だが屋内は何1つ変わっていなかった。 すぐに暖炉に薪を入れ火を起こした。 今回はここの持ち主が2泊サービスしてくれた。 前回は2泊しか出来なかったのと遭難した事を気の毒に思ったようだ。 あまりゆっくりはしていられない。 今の季節、陽が傾き始めるとすぐに闇が訪れる。 各自荷を解き出発の準備を始めた。 祠までの道のりはよく覚えていたが足腰がキツかった。 自分では大丈夫だと思っていたがまだまだ身体は出来上がっていなかった。 平地に出ると懐かしい雰囲気のままで嬉しくなったが、 あの頃と違って身を切るような冷たい風が丘を支配していた。 草木は葉を落とし見晴らしが良くなっていた。 あの老婆がいた家を探してみたが見つける事は出来なかった。 あの時見た家は古びてはいたが生活感があった。 間違いなくこの場所に存在したのだ。 あの家も老婆も.... ひと通りみんなは回りを散策し終えて自然と祠の前に集まった。 そしてナガテはあの老婆から聞いた(カガリの伝説)の話をした。 みんな黙って聞き入った。 「私...生まれも育ちも北海だけど、そんな伝説がある場所がここにあるなんて知らなかったわ。 カガリ神社... ...カガリと鏡、何かいい響きね。」 鏡川医師は呟くように言った。 デジャブ? ナガテは思ったが詳しく思い出せなかった。 「何か切なくて悲しい伝説ですね。」 嶋崎が肩を落とした。 祠の石の塊は相変わらずあのまま時を止めていた。 あの時のように凍えた手でお供え台の穴に水を入れ手を合わせた。 鏡川医師と嶋崎も従った。 「....あんた若い割には信仰深いのかね...」 あの老婆が言った言葉が聞こえたような気がした。 メサの稜線もあの時と何も変わらず美しかったが、海からの風は強く体温を奪った。 みんな出来るだけ崖から離れて岬へ歩いた。 白い灯台に着くと階段を登り海を見渡した。 時折、強い風に身体を(あお)られながら寒さで背を丸めた。 緩やかなカーブを描いた水平線の先にはくっきりと見えた。 雪帽子島....カガリの島 ...カガリに会いたい。 ナガテは強く願った。 「私...あの島の事は子供の頃から知ってたけど行った事がなかったの。 でも最近、2回行ったのよ... 誰かさんを探しに。 あの時は必死で探し回ったの... 私のお気に入りの役者さんだから。 見つかったって聞いた時は病院で飛び上がって喜んだ。 ほんと嬉しかったし良かったと感謝したわ。 それにトウヤさんのお陰であの島に行くことが出来たし。 トウヤさんご本人にもお会いする事が出来て... 何よりも治療に関われた事が1番の喜びになったわ。」 鏡川医師は手袋をした手を頬に当てながら言った。 「本当にみなさんには感謝です。 それに多くの方々に心配かけたしご迷惑をおかけしました。」 ナガテはみんなを見回しながら言った。 「じゃあご褒美に血圧を測りますね。」 鏡川医師がニコリとした。 「そろそろお腹空きませんか?」 嶋崎がお腹を擦りながら言った。 「この下の道路脇に定食屋みたいなトコがあったと思う。」 ナガテが言った。 灯台の丘から道路まで下り歩いていると広い駐車場が見えて来た。 駐車場の奥に店舗はあったが朽果てていた。 よくよく見たがこの店に間違いなかったし唐揚げ定食を頼んで龍男さんの事を聞いたのもここだった。 それほど月日が経っている訳ではないのにこの朽ち方は尋常ではなかった。 割れた窓ガラスから中を覗くと自分が座った椅子やカガミマイコの息子が語った事を昨日の事のように覚えている。 しかし....ちょっと待てよ.... 注文した唐揚げ定食...食べたっけ?! そんで代金を払ったけ?! 全く思い出せなかった。 ナガテは完全に欠落した記憶に苛立った。 仕方ないのでバンガローに帰り食事を作る事にした。 帰る途中に海辺へ出て船小屋を探した。 長く伸びた堤防の先に常夜灯が見えた。 海岸ベタに船小屋が建っていて人が漁船を掃除していた。 近づいて行くとこちらを振り向いた。 龍男さんだった。 「お久しぶりです。」 ナガテが声を掛けた。 「んん...あっ...あんた...カガリ様の... 生きておったのか...」 龍男は相変わらず黄色い顔で言った。 「ええ、お陰様で...生き延びました。 迎えに来て頂いたのにすみませんでした。」 ナガテが言うと、 「いや、行っていない。 最初から迎えなぞ要らなかった。 カガリ様からそう申しつけられておったからのう。」 龍男は言った。 「...明日あの島に行くんです。 色々と確認したり見たい物があるので...」 ナガテは龍男の話がちっとも意味が分からず頭を掻きながら言った。 「どうやって行くのじゃ? わしは聞いておらんし... この船で行かねばただの島観光じゃな。 アハハハハ...愉快愉快。 ただ... あの島にはもう近づかない方がええがなあ~。 あの島の怒りは収まるまいのぉ... ...見つけたい物があるんだったらわしの船で行くしか無いのじゃが。 それに明後日の朝...山鳥が鳴く頃に島から出ないと一生帰れなくなる。 それだけは肝に銘じておかんとなぁ。」 龍男は言った。 「それじゃあ、この船でしか僕が知るあの島には行けないって事ですか? それがもし本当なら龍男さん... 明日...是非お願い出来ませんか?! 僕が知るあの島じゃないと行く意味がないんです。」 ナガテは龍男の手を取り懇願した。 「....明日は漁の予定はないのじゃが... ....朝7時に出港じゃ。 あんたら3人は行けない。 おなごはこの船には乗れん。」 鏡川医師は誰が見ても分かるほどムッとした顔をしていたが、 ひと言も反論せず気持ちを押し留めているようだった。 3人は言葉も無くバンガローへ歩き始めた。 強い海風は顔を濡らし口の中に塩分が広がった。 部屋に入るとまずは暖炉に火入れした。 今日は朝食兼昼食をここへ来る途中のファミレスで食べたきりだったのでみんな腹ペコだった。 大量のお湯を沸かしレトルト食品をテーブルに並べた。 各自好きな物を食べて珈琲や紅茶で落ち着いた。 「あの漁師さんって何者ですか? 何だかよく分かんない話しが多くて... カガリ様ってあの丘に祀られている方ですよね。 まるで聞いてきたような話っぷりで...」 嶋崎がいぶかしげに聞いた。 「龍男さんでしたか... あの話だと自分の船は特殊だって事よね。 あの船で島に入る事が重要なのよね。 しかも意味分かんないけど... 私は排除された。 私が駄目なのか、女性が駄目なのか... とにかく差別よね。 ほんと頭にきちゃうんだから。」 鏡川医師はぷいっとした。 「すみません、先生。 差別ではないと思いますが... 今までお話していなかった事を言うべきだと思いますので聞いて下さい。」 ナガテはカガリやヒババと出会った事や数日の生活だったのに1ヶ月も過ぎていた事を洗いざらい話した。ただしカガリとの交わりは一切話さなかったしこれからも話すつもりはなかった。 「そうだったんですか。にわかに信じがたい事ですが..... トウヤさんがそんな嘘ついても何の意味ないので本当にあったことなんでしょうね。 僕は信じますよ。 ...そういえば思い出しましたが... たしかトウヤさんが発見された時は捜索スタッフに女性はいませんでした。 常に女性2~3人は参加してましたから、今日は珍しく全員男性かって思ったので覚えているんです。 たまたまだとは思うんですが。 女性に何らかの関係があるんでしょうかね。」 嶋崎は言った。 「それはボクにも全く分からない。 とにかく今までず~っと思い続けていたのはその2人に会いたいということだった。 会ってどうしてボクを置き去りにしたのか、彼女らに対しての恨みつらみじゃなくて何らかの理由があったと思ってるからそれを知りたい。 きっとカガリの伝説の本質もそこにあるような気がする。 それに龍男さんが言ってたボクを迎えに行く気はなかった... これも何かの意味があるんだと思うし、 島がこれから何らかの変化が起こるという事もボクと関係がある様に思うんだ。」 ナガテがそう言ったと同時に地鳴りがして家が揺れ出した。 じ...地震...地震だ! みんな天井を見ながら姿勢を低くした。 10秒ほどで揺れは収まったのでそれほど酷くはなかったが、 皿が落ちて割れたり壁掛けが落ちたりした。 「イキナリなんだよぉ~! こんな所で地震に遭うとは! やな感じだなあ~。」 嶋崎が吐き捨てるように言った。 2度余震のような揺れはあったがみんなで片付けをして明日の準備に取り掛かった。ラジオを聞いているとツナミの警報は出ていないようだった。 震源地は、あの雪帽子島だった。 火山性地震との事だが噴火につながるような温度変化は無いようだった。 1泊の予定だが食料と防寒は念入りに確認した。 鏡川医師は自分が同行できない分、 何度も念入りに荷物の内容をチェックしてくれた。 明日も早いので早々に寝る事にした。 嶋崎はイビキが酷いので1階の暖炉近くに簡易ベッドを仕立てナガテと鏡川医師は2階の寝室で寝た。 鏡川医師は役者としてのトウヤナガテの大ファンだったが、出会った時は自惚れ屋で我がまま自己中でヤナ奴と思った。 でも最近は人としても好意を持てるようになっている。 恋愛感情が全く無いとは言えないが姉と弟的な関係を望んだ。 しかしすぐ隣であのトウヤナガテが寝ていると思うと普段通りには眠りにつけなかった。 ナガテは久しぶりに長く歩いた事もありすぐにスヤスヤと寝入った。 隣にはショートカットの黒髪で二重瞼の大きい眼でいつも笑顔の絶えない美しい鏡川医師が手を伸ばせば届く所にいるというのに... 夢を見た。 ナガテは幸せな気分だった。 胸元に頭をつけて何やらメロディを口ずさむ君の黒髪を撫でている。 海辺を渡る風は心地よく打ち寄せる波は陽の光で眩しく輝いている。 この世の幸せを独り占めしている気分だ。 遠くの空からいくつもの赤い玉が炎の尾をなびかせてナガテの頭上を飛び越えて行った。 暫くすると地鳴りがして大地が揺れた。 振り返るとアチラコチラで火の手が上がりナガテとその娘の顔を明るく照らした。 乱立する高層ビルがゆっくりと崩れ落ち火の海の中に消えて行った。 「そろそろ行こうか...」 ナガテはその娘を強く抱きしめながら呟いた。
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