カガリの島へ

1/1
前へ
/30ページ
次へ

カガリの島へ

朝...鏡川医師の声で目覚めた。 あまり気にしてなかったが間近に見る彼女は可愛い人だと気付いた。 思わず抱きしめたくなるほどだ。 ボクはあたりを見渡しながら彼女の笑顔にこたえた。 「もうすぐ6時になります。そろそろ出かける準備しなくちゃ。」 彼女の声も何だかいいと思った。 もう随分世話になって日が経つのに今更この感情は何なのか分からなかった。 「先生は今日一旦病院に戻られるんですか?」 彼女の事を気にかけていなかったなって思いながら聞いた。 「ええ...そうするつもり。 だってここは1人だとチョットね...広いし ...怖いし。」 彼女は肩をすぼめながら言った。 ベッドを降り1階へ行こうとした時いきなり彼女が後ろから抱きついて来た。 ビックリして振り向こうとすると、 「こっち見ないで...聞いて! ...絶対戻って来るのよ! ...いい? もしカガリさんに出会っても... 一緒に居ようって言われても... 戻ってくるの。 いい...分かった? ......返事して。」 彼女はいつになく強い口調で聞いた。 本心では(分からない)なのだが、 この状況では... 「もちろん戻って来ますとも。 心配掛けます。ありがとう。 明日のお昼頃には戻ります。 チョットだけ豪勢なランチを奢りますよ...」 最近感じるのだが、 入院する以前の自分とは違う感情で人に接する自分がいる事に驚かされる。 大きなリュックを背負い嶋崎と出発した。 先生は薄っすらと眼が潤っていた。 船小屋に着くと龍男さんは何だか悲しそうで寂しそうな顔をしていた。 「龍男さん今回も宜しくお願いします。」 ボクは静かな口調で挨拶した。 「おお、出港するか。」 龍男さんは口数少なく頷いた。 漁港にエンジンの音が響き渡った。 防波堤の常夜灯を過ぎようとした時、走りながら手を振る人を見つけた。 鏡川医師だった。 「先生~!」 ボクと嶋崎は叫びながら手を振った。 「ここまで見送りに来てくれたんですね... 寒い中を... 鏡川先生...ホントにトウヤさんの事...好きなんですね。 ...病院に運び込まれたトウヤさんを付きっ切りで看病してくれましたし... とにかく見つかった事が嬉しくてしょうが無いって感じでしたから。」 嶋崎は懐かしそうな顔で言った。 海は黒く...時に波は大きく船を持ち上げた。 風も身を刺すような冷気を放った。 ボク達は船の縁を握り締めて海へ振り落とされないようにするので精一杯だった。 島が少しずつ近付いて来たが厚い雲で山頂は覆われていた。 「カガリ...もうすぐ着く待っててくれ。」 ボクは心の中で叫んだ。 島の防波堤はあの時と変わらず所々が崩れかかっていた。 浜辺の船着き場が見える頃には海は穏やかな波でボク達を迎えた。 龍男さんが船を係留ロープで固定するとボク達はフラフラしながら木造の橋に降りた。 「何度も言うが明日の朝、山鳥が鳴く頃には必ず降りて来るようにな。 ワシもそれほど待てない...」 龍男さんはそう言い残すと係留ロープを解いた。 ボク達は急いだ。 見て回れるのは実質今日一日だ。 歩きを早めて部落跡のあの家に向かった。 草木は葉を落としていたので部落跡がハッキリと確認できた。 石垣の階段を3段登るとあの懐かしい家があった。 玄関から入ると何も変わってなかった。 しかし... 「おかしいな? こんなに整った家じゃなかったのに... もっと朽ち果てた感じだった。 外の戸も外れて吹きっさらしだったけどなぁ。 捜索隊が引き揚げる時、片付けて行ったのかな?」 嶋崎は頭を何度も傾けながら言った。 「ボクが来た時はこんな感じだったけどね。 それはともかく出かけよう。 上の方は雨かもしれないしもう少し防寒して行こう。」 ボク達はまず滝を目指した。 それほど困難な登山ではないが、 今回はトレッキングポールを持ち込んだ。 足腰がやはり楽だ。 日陰には所々に雪が残っていた。 息を切らしながら登って行くと水音が聞こえ始め滝が近づいたと思った。 岩場を抜けると見上げるような滝が現れた。 落ちてくる水の量は少なくなっていた。 脇の水溜め所に行き口をつけて飲んだ。 冷たい電気が後頭部から腰の所まで突き抜けた。 嶋崎は寒いからと言って飲まなかった。 (ほこら)を見に行った。 萎れてしまった自分がそこに倒れていて助けを求めているような幻覚を見た。 祠の石仏はオカッパ頭の娘のような顔に見えた。 以前来た時はとても顔には見えなかった。 「これってカガリ神社と向き合ってるんですかね~?」 嶋崎は海の向うのバンガローを指差しながら言った。 ボクは思いもよらなかった。 そうかも知れない...いや...間違いなくそうだ。 カガリ神社の石の塊はきっと背中を向けていたんだ。 あの丘とこの場所で向かい合っている。 その意味は全く分からなかったが、 何だか鳥肌が立った。 お供え台に水を入れ手を合わせた。 嶋崎はいつになくマジな顔で頭を下げた。 ボクが発見された所に向かった。 初めてカガリと出会った所だ。 ここにも所々に雪が残っていた。 すると... 「トウヤさん...だ..誰かいますよ。」 嶋崎は息を押し殺して小声で言った。 「うん...わかってる...カガリ...ヒババ...」 ボクは言葉にしたつもりだったが声が出せなかった。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加