1人が本棚に入れています
本棚に追加
推理作家の私は、ある日「とほうもないトリック」を思いつき、『月下の殺人を』書き始める。
興奮して、三日三晩書き続ける。
私は、はたとキーボードを打つ手を止めた。
「おかしい、私がこんなにうまく小説が書けるわけがない」
そこで私は「途方もないトリック」を思いつくに至った経緯を回想する。
すると、そこにはいつも彼がいた。
例えば、そのトリックはロウソクを使うのだが、買い物に行った時に、偶然彼に会い、
「あのロウソク、可愛いですね。でも、推理作家のあなたならあれをおぞましい惨劇の道具に仕立てあげることも容易いことではないかと思いますが」
とかなんとか言ったのだ。
そんな具合で、私はいつも彼に「月下の殺人」を書くように、誘導されていたような気がする。
私は彼を調べた。すると、どうもある殺人事件を、彼が「とほうもないトリック」を使って起こしているとしか思えなくなってきた。
事実をミステリー小説によって、カモフラージュするために。考えてみれば、それはそれほど「とほうもないトリック」ではないのである。
自分で言うのもなんだが、私の文体のマジックによって、なんでもないことが、神秘的な光彩を放って見えるようになっただけなのではないか。
それでも私は彼を愛していたから『月下の殺人』を書き上げた。
彼は私を感謝するかもしれない。愛しさえするかもしれない。
「私たちは確信犯だ」
と書き上げた時、ただ小説を書き上げた時よりも数倍の深い満足感を感じた。
しかし彼は別の女を愛していて、その女が「月下の殺人」を起こし、それを
かばうために私を使ったのだとわかったので、これから警察に話しにいく。最低。
最初のコメントを投稿しよう!