路上占い師の話

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路上占い師の話

 まだ幻想が地上に残っていた頃の話。 円形に近い城壁に囲まれた、アクサム王国のニルド市の施療院に傷ついた2人が運び込まれた。 この国には異形の魔物や、それらを吐き出すダンジョンがそこかしこにあり、腕に覚えのある冒険者や喰い詰めた連中が吸い込まれていった。 運び込まれた2人も、運び込んだ者達も、そんな者達の一部。 「おい、これは持って行ってくれ」 「あぁ?…多分、ハンクの私物でしょう?置いておいてくださいよ」  施療院の職員にそう言い置いて、運び込んできた冒険者たちは去っていった。 ダンジョン内で行き倒れた冒険者を救出するのは、たいてい付き合いのある冒険者である。 彼らは顔見知りの冒険者のハンクと、精巧な人形…彼の仲間の僧侶に似ている人形を担いで街に戻ったのだ。  やがてハンクが気付き、それからほとんど間を置かずに施療院に激震が走る。 人形が喋り、あまつさえレイヴァンだと告げたのだ。数回の問答の後、彼がレイヴァンであると確認された。 ハンクの方は、幸いにも軽症だったのだが記憶に欠落があり、何故パーティーメンバーが生きた人形と化しているのか応えることが出来なかった。 くわえて、彼らの仲間にエルドと言う魔術師がいたのだが、彼の行方が杳として知れない。  しかし施療院としては、最後の点はどうでもいい。 レイヴァンは治療のしようが無かったし、自力で動け、念話による意思表示もできる。 ハンクが回復した時点で、2人は院を出る事になった。 「踏んだり蹴ったりだな…俺、気ぃ失ってて何があったんかわかんねーんだけど」 『僕もわからないよ。新しいパーティーも募集しないと』 「それよかエルドを見つけるのと、お前の身体治すのが先だろ?」  ハンクとレイヴァンは手掛かりを求めて街中を歩き回った。 数多の冒険者が集うギルドホールの掲示板にメンバー募集の張り紙を貼り、出入りしている冒険者に聞き込みを行う。 独りでに動く人形を連れて歩くハンクは瞬く間に噂になったが、目ぼしい情報は集まらない。そのまま3日が経った。 「ハンク!エルドは見つかったかよ!?」 「まだだよ…お前、手掛かりになりそうなネタ知らねぇ?」 「話してもいいけど、出すもんあるだろ?」 「聞いた後だ。先払いでしょーもない話聞かせたらタダじゃおかねーぞ?」  夕刻、ホールに併設する酒場で、顔見知りの男が肩を竦めて話し始める。 ニルドに無数にある路地のうち、机と椅子2脚が置かれている路地があり、椅子の一つに座っていると女がやってくる。 彼女は甘ったるい息を吐きながら、知りたいことについて教えてくれるそうだ。  ハンクは金貨一枚を投げ渡してから、レイヴァンを伴って路地を探す。 とっぷり日が暮れた頃、件の路地が見つかった。ハンクが座り、レイヴァンが隣に立って女を待つ。 ややあって、表通りから漏れ聞こえる喧噪や雑踏が聴覚から消えた。それから程なくして、女が一人歩いてくる。 噂通り、女が近づくと忘れられなくなりそうな臭いが漂ってきた。 「あんたが…路上占い師?」 「……知りたいことは、何?」 「おう、じゃあコイツの身体を治す方法と、仲間の行方を教えてくれよ」  ハンクが無遠慮に答えると、その場に沈黙が下りた。 静寂はしばらく続き、苛つき始めるハンクだったが、女の身体が揺れている事に気づくとそちらに関心が向いた。 ハンクが観察していると、女の揺れは次第に強くなる。 「夢の中……」 「夢のなか?」 「…足りなくなったものは…他から補いなさい――ねぇ、なんで知りたいの?」 「――!?どけ!」  女が身を乗り出し、顔を近づけてきた。 その顔はまるで豚のよう。滓のこびりついた口元を目にした瞬間、ハンクの肌が総毛だつ。 異臭はさらにきつくなり、ハンクは思わず机ごと女を蹴った。蹴り飛ばされた女は背後の壁で背中を打つと、まもなく姿を消した。 『消えた…』 「あー、くそ。夢の中?意味深な事だけ言って消えやがってよー、あの野郎、後で文句言ってやる」 『今から?』 「今日はもう帰るよ!夢の中ってんなら、寝てる間に何かあるでしょ、多分」  2人は抑えてある宿の自室に向かい、すぐに休んだ。 そして、ハンクのぼやきは的中する事になる。眠りについて数時間後、彼は来た覚えのない町の路上に立っていた。 周囲には墓標の如き箱形の塔が林立し、足元の地面は石だろうか?平らに均されている。 「おい、どこよここ?レイヴァーン!?いないのー?……いないのー」  レイヴァンどころか、周囲に人気が一切ない。 ハンクは仕方なく探索を開始。集合住宅と思しき建物の部屋の一つに侵入すると、自分が住んでいる国より数段発展した器具の数々が彼を出迎える。 感心するハンクがあちこちいじっても、反応はしない。 (夢の中…って事かねぇ)  集合住宅を出ると、魔物が襲ってきた。 人間の脚を持つ蜘蛛のような怪物、両腕の翼で空を舞う毛のない人型。 ハンクは装備しているカッツバルゲルを抜き放ち応戦。突進を難なく躱し、腕一本で手足を斬り飛ばしていく。 死体は街に持ち帰ることもできない為置いていく。襲ってくる魔物はいずれも初見の種族ばかりだが、ハンクは問題なく蹴散らしていく。  しかし、徐々に顔に疲労の色が差してくる。 目覚める気配が無いのだ。無人の街をただ一人歩く。まるで人間が死に絶えたみたいだ。 ハンクは広い通りに出ると、足の向く方にひたすら進む。しばらく進むと、岩肌のような外皮に覆われた大猿が出現した。 見上げるほどの体躯でありながら動きが俊敏な事に加え、外皮の大部分はカッツバルゲルが通らなそうだ。柔らかそうな個所を狙うハンクは振り回される腕を掻い潜り、目を剣で突く。  大猿が跳躍し、左脚が伸びきった瞬間にハンクがカッツバルゲルを振るう。 左膝の裏から刀身が肉に滑り込み、大猿の左脚が宙を舞う。生まれつき膂力と骨格に恵まれているハンクは、カッツバルゲルのようなショートソードでも大きな傷を負わせることができる。 大猿は驚愕と怒りによって、ハンクを激しく攻め立てる。ハンクはうなじに取り付き、頸骨に剣を突き立てたが、その瞬間に大猿は仰向けに地面に倒れ込んだ。  咄嗟に飛び退くハンクだったが、右手で掴まれてしまう。 大猿の右手首に指を食い込ませると拘束は解けたが、全身に激痛が走る。 勝利したとしても、負傷を癒す手段が無い――このまま死んだらどうなるだろう?  ハンクの胸に恐怖が広がる。 大猿が再び襲い掛からんとした刹那、ハンクの全身に青い亀裂が走り、光輝が迸った。 光輝が収まるとハンクの姿は消え、一体の異形が入れ替わりでその場に出現した。深紫色の皮膚を持つ怪物だ。 両胸板から腰の左右に掛けてを、流線形のモールドが走る甲殻で覆っており、側頭部から伸びる角は頭上で繋がっているドーナツ型だ。  ハンクは怪物に変化した自分を、全く驚愕なく受け入れていた。 その事自体には少々戸惑っているが、動かし方はわかる。変身を目にした大猿は怯んでいたが、気を持ち直すと襲い掛かってきた。 その姿勢のまま硬直する――石化したのだ。  ハンクは一睨みで石化させた大猿を裏拳で砕くと変身を解いた。 砕けた石片の中に紙の端を見つけたハンクはそれを拾い上げ――そこで目が覚めた。 既に朝が訪れている。なんだ…?と首を捻るハンクは、枕元に見覚えのない紙が横たわっている事に気づいた。 広げてみると、それはどこかの地図だった。
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