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拓人は、そのまま私の腕を引きながら、奇麗なマンションの中にずんずんと入っていった。
「勝手に入っていいの? ……ていうか、なんで鍵持って……。」
といった私の質問に耳を傾けず、拓人はエレベーターに乗り込んだ。そして七階で降りて、ある部屋の前で立ち止まり、鍵を開けた。
そして拓人は扉を引きながら、私に中に入る様に促した。
「中、入って。」
その拓人の言葉に従って、白いフローリングの廊下を歩き、つきあたりにある扉を開く。
「こんな家、住みたいって言ってたでしょ? だから勝手に契約しちゃった。」
その、家具が何もない部屋の中を見渡しながら固まっている私に、拓人は言った。
「……ローン、だけどね。転職先も決まって今より給料も上がるし、残業も少ないとこ選んだ。」
私の女のカンが感じ取った隠し事の正体。
その正体に、私は文字通り開いた口が開かなかった。
「けいや……てんしょく、って……なんで、相談してくれなかったの!?」
思った以上のサプライズに、うれしさよりも驚きが上回り私は叫んだ。
「結婚記念日にね、驚かせたかったんだ。もし嫌だったら、ここは誰かに貸してもいいしね。」
拓人はそう言って、私の正面に向かい合った。
「ここ、小学校も中学校も近いんだ。子どもを育てる制度なんかもしっかりしてるらしいから、もし、子どもを授かったとしても、大丈夫。」
拓人は私の手を両手で包みながら、言ったのだ。
そんなところまで一人で調べ、考えて、勝手に家まで買ってしまった拓人。
「でも……私も、一緒に調べたりしたかった。」
と、口をとがらせながらも、私の口角はどんどん緩んでいった。
「でもほら、ちょいちょい史ちゃんにも聞いたでしょ? いろんなマンションの間取り図見せたりして。できるだけそれに沿った物件探したんだ。」
むぅ、と緩んで膨らむ私の頬をつついてくる拓人には、私が喜んでいることはバレているのだろう。
「喜んでくれないの?」
「……喜ぶに決まってる。」
私は、その後、拓人にぎゅっと抱きついた。
「ここなら段差もないから、お掃除ロボットも走らせ放題だよ。もっと、一緒に好きなことしよう。」
そう言って、拓人はうれしそうに頷いた。
「じゃぁ、これからもよろしく。史香さん?」
そう言った拓人の背後に見えたのは、丸い形の時計だった。
何もない部屋の中、唯一壁にかかっていた時計の短針は、数字の三をさしていた。
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