44人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
そして、今。
私は、息を殺して、必死で寝たふりを決め込んでいる。隣で横たわっている拓人は、幸せそうな顔をしてぐっすりと夢の中にいる。拓人のまつ毛に人差し指でそっと触れたが、ピクリとも瞼は動かなかった。拓人が深い眠りに落ちているということを確かめて、そっと布団を出る。
すると、キシっ、とベッドが小さく軋む音を立てた。
私はそれにギクリと肩を震わせながら、恐る恐る拓人を見たが、拓人は目を覚ます様子はなかった。ほっと、胸を撫でおろし、ベッドの外辺を回る様にして、拓人の背後に移動した。
人生初。
一度もやったことがない、携帯を見るというプライバシー侵害の行為に手を染めようとしている私。
――浮気の証拠はスマホにあり!
とのネット記事通りに動こうとしていることに、私もついにここまで来たかと、大きな罪悪感がのしかかる。
――知らぬが仏、携帯電話はパンドラの箱。
そんな言葉も、私の目の前にちらついた。
拓人の小さく動く背中を見て、手に震えと汗が沸きだした。
サイドテーブルに置いてある拓人のスマートフォンに手を伸ばし、ホームボタンを押す。
すると、ぱっと画面が明るく灯り、時間は三時を示していた。壁紙は味気のないカレンダーで、ホームボタンを押すとロック解除の数字が並んだが、そのことにまた、ギクッと肩を上下させる。
もしも変わっていなければ……と、以前、教えられたロック解除の数字を順番にタップする。
すると認証されて、ロックは簡単に解除できた。
ロックの数字は0930。
その数字は私の誕生日で、ロックを解除すると、ホーム画面の壁紙も前と変わっておらず、私とよく行くカフェの、カプチーノの写真だった。
それを見た瞬間に、私は自分が情けなくなった。
メールや着信履歴をチェックして何になるというのかと、ぎゅっと胸が詰まったように苦しくなった。百パーセントの信頼を向けてくれているのに、私は拓人に疑いを持ったのだ。浮気によって、百パーセントの愛情の内の何割かが浮気相手に向けられたとして、何を怒ることがある。
そう思った私は、泣かずにはいられなかった。
「……だ、いじょうぶ? どした? 怖い夢でも見た?」
と、スマートフォンに気を取られ、自分の不甲斐なさに落ち込んでいた私に、目を覚ましたらしい拓人の声が聞こえてきた。
「拓ちゃん……ごめん、ごめんねぇ……。」
と、拓人に何度も謝り続けた私の顔はぐちゃぐちゃだろう。涙も鼻水も大放流。うわんうわんと、駄々を捏ねる子どものように泣いて縋った私に、拓人は、眠そうな目を擦りながらも付き合ってくれた。
その間も、落ち着くようにと、背中をたたいてくれた拓人。
その拓人に、久しぶりに、ぎゅっと抱きしめられながら眠った私は、心から、本当に、この人で良かったと思ったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!