上弦の月

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「あの、大神名誉教授はどちらへ……?」 控え目にそう俺が声を掛けると、突然目の前の男は大きな声で豪快に笑い出す。 「えっと、あの……何かおかしいことでも言ったでしょうか」 不安な表情を浮かべながら俺は話す。 「ごめん、ごめん。キミ、私の噂……聞いていないかな」 クスクスとまだ笑いを堪え切れない目の前の男は、逆に俺へとそう質問したのであった。 「名誉教授の大神は人嫌いだ、って」 ニヤリと笑みを浮かべたその男の口からは、鋭い犬歯が光って見える。 真っ黒な髪に真っ黒な瞳。 鍛え上げられた体躯に、すらりと伸びた手足。 形の良い唇から見え隠れする鋭く光った犬歯。 ……まるでドーベルマンのような男だ。 「――そう。あとは?」 漆黒の瞳を光らせ、形の良い唇から言葉が発せられる。 「あとは、近影が本人かどうか分からないって……」 伝えるべきかどうか一瞬だけ悩んだが、俺自身もこの男の正体が気になっていた為好奇心の赴くままに言葉を続けた。 「……ククク。そう言うことは大抵本人を目の前にすると皆遠慮して言わないものだよ」 その言葉に俺は「自ら誘導尋問した癖に」と唇を噛む。 やはりこの男が、大神……。 「そう……この私が“大神”本人だよ。ようこそ可愛いポスドクさん。キミ、面白いから今日から私のところで採用しよう。だが事前に言っておくが、私は世間で言われているように大の人嫌いなんだ。だから必ず守って欲しいことがあるんだ。それはーー」 椅子から立ち上がった大神は予想した通り、168cmしかない俺の遥か上に頭があり、長身のモデル体型の男であった。無意識の内に出しているであろう華やかな雰囲気は、とてもインテリジェンスな男には見えず派手なモデルのようだった。
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