満月

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満月

現在。 大神のプロジェクトは、人嫌いだけあって少数精鋭であった。 俺はそのプロジェクトを滞りなく遂行するポスドクとして、大神と相談し合いながら日本の絶滅危惧種に対しての研究を進めていった。 口数は少ないが研究熱心である大神の指導を受けながら、凡才である俺はやはりこの男が生まれながらの選ばれし天才であることを痛感していた。 ちなみに現在俺が携わっているプロジェクトで研究対象としている主な動物は、“ニホンオオカミ”であった。 オオカミは、ネコ目イヌ科イヌ属に属する誰もが知っている通りホニュウ類動物である。 実は“ニホンオオカミ”は、1905年奈良県のとある村で捕獲された若いオスの個体を最後に目撃例はなく、絶滅されたと言われている。 世界的に絶滅危惧種とされているオオカミの研究を海外で長いこと続けてきた大神は、近年拠点を日本へと置き、今度はニホンオオカミが絶滅した原因を探求し始めたそうだ。 そのプロジェクトのポスドクに今回選ばれたのが、絶滅危惧種の研究を後期博士課程でしていた俺だったという訳だ。 採用から一年半。今のところ俺は大神から約束された二つの事項は遵守している。 だが今月の満月はいつもと訳が違った。 ニホンオオカミの足取りが途絶えたとした奈良県のとある村へ丁度満月にぶつかる形で、足取り調査をする出張が重なってしまったのだ。 大神は自ら実際に現場まで足を運ぶ、稀有な教授であった。 だからこそ今回、出張の中日が丁度満月に当たる日程で組まれてはいたが、さすがの大神も出張であれば断ることなく参加するだろう。そう高を括っていたが……。 「行く訳ないだろう。前にも言ったじゃないか。何があっても満月の日は休むと。もしくは被らない日程で組み直してくれ」 大神だけの教授室へと訪れた俺は、涼しい顔であっさりとそう告げられてしまう。 「教授、そうは言っても先方の公共機関にも研究の許可を申請してしまったので今更変更するには時間が……ですから、いつものように現場へ足を踏み入れた方が良いかと。もしくはあちらで一日お休みを取って頂くのはどうでしょうか」 だいぶ譲歩した俺の提案に、それでも大神は険しい表情を浮かべたままであった。
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