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満月前日。
キャリーカートを片手に、漆黒のスーツに身を纏い颯爽と現れた。外見だけでは、どう見ても50を過ぎた教授職の男とは思えない若々しい姿であった。
「日付け変わって明日の1時35分、満月になる。私の部屋まで来い」
教授室でキスされて以来、初めて大神と顔を合わせた俺はできるだけ平静を装いいつも通り接していた。
あの夜のことは無かったかのように……。
だが残念ながらこの男は、違ったようだ。俺が運転する車の助手席へと収まるや否や、命令口調でそう言い放ったのだ。
「――満月は“仕事”をされないのでは?」
ハンドルを握りながら、俺は少しの厭味を込めて答えた。
すると大神は、ククと不敵な笑みを浮かべ流し目で運転席の俺を見つめた。
「この前言っただろ……もう、忘れたのか?記憶力が悪いヤツに、私のポスドクは務まらないな」
「……か、揶揄わないで下さい」
いつも冷たく鋭い眼差ししか見せない大神の熱い視線に、思わず戸惑いを感じる。
たとえ憧れの男だとしても、あんな思いはもう御免だ。
「とにかく満月丁度に私の部屋へ来るんだ。いいね。これは、上司命令だ」
そう思っていたはずだがすぐ隣りに座る絶対的王者の言葉に、俺は操作されたかのよう無意識の内に小さく頷いてしまう。
その後現地へ着いた大神はその件には一切触れず、いつも通り目を見張る程の膨大な知識と圧倒的な裏付けある検証をプロジェクトチームの前で披露したのであった。
悔しいけれど、やはり全てが勉強になる。
もっとこの人から全てを学びたい。
もっとこの人から信頼されるようなポスドクになりたい。
改めてそう思わせたこの男は、本当に何者なのだろうか。
“大神”に対する探究心が、不思議と自身の中に強く湧き上がっていたのだった。
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