冬空

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冬空

高層マンションの足元で引越し業者が手際よく荷物をトラックから運び出し中へと入れていく。 706号室の何もない空間に引越し業者が次々とダンボール箱を運び入れ、部屋中箱だらけになる。運ばれたダンボール箱を次々と開けていく心月鈴見、彼は大学1年生で宇宙工学を学んでいる。箱を開ける目的は探しているものがある。 それは、街中で使うよりも、山で使いたいものなのだが、引越し準備や、片付けもあり、しばらくの間、山に行くことのできなった。そのため、山の代わりをベランダにさせようとしていた。街は明るく空を眺めるには向いてはいないが、彼にはそんなことはどうでもよかった。 「あった」 部屋にやってくるダンボール箱を開け続け、ついにお目当ての物を見つけた。それはバラバラになっている天体望遠鏡である。鈴見は部品をベランダで組み立て始める。慣れた手つきで5分もしない間に組み立ててしまった。それから別のダンボールをあさり、折りたたみ椅子を引っ張り出すとそれに腰掛、望遠鏡を覗く。 「いまいちだな」 ぼやきながら、ダンボール箱からキャンプ用コンロ、小型鍋、レトルト食品を無造作に箱が積まれた鈴見の部屋へと運んでいく。 父である心月速雄に呆れられた口調で、「片づけを手伝え」と言われ、 「わかったよ」そう言い、渋々片付けの手伝いを始める。 心月家が引越をすることになったのは、マンションの持ち主である叔父が海外に引越しすることとなり、格安で譲ってもらったからだ。 鈴見の母である芙美は口の開いたダンボール箱から一つ一つ丁寧に中身を取り出していく。 速雄もそれに合わせるように丁寧に荷物を各部屋に運んでいく。 部屋のダンボールが半分ほど片付いたところで、芙美が声を掛ける。 「そろそろお茶にしない」 「そうだな、そろそろ休憩しないと体がもたん。後で挨拶周りにでも行くか」 「俺はいいよ、まだ片づけ終わらないから」 「おいおい、ご近所さんに顔を覚えてもらわないと損するぞ」 「何を損するんだよ」 「わからん。まあ、母さんと2人で行ってくるさ」 電気ケトルで沸かしたお湯を緑茶の茶葉を入れた急須に入れる。 「羊羹なんかないのか」速雄が芙美に尋ねると、笑顔で、 「ありますよ」 そう言って、二人で仲良くお茶を楽しんでいる。 鈴見はそんな二人を気にも留めずに、片付けに専念している。 羊羹も食べ終わった二人は外に出る準備を始める。 「それじゃ、挨拶周りに行くから片付けよろしく」 「できるだけしかできないからな」 速雄と芙美は挨拶周りに外に出た。 鈴見達が引越しした部屋の隣である705号室には、明かりはなく、ただただ暗い。キッチンの流しに積まれた汚れた食器と中身のないカップ麺のゴミが今にも零れ落ちそうなぐらいあふれている。リビングに散乱したカラの菓子袋。常温で置かれた飲みかけのジュースが何本も部屋に転がっている。扉の閉まった部屋の中に一人ベッドに横たわり天井を眺める人影がある。彼女は雨雪怜。流星高校に通う高校2年生ではある。気力のない瞳でじっと天井を見つめている。肩まで伸びた長い髪はぼさぼさになり、グレーの寝間着でも明らかに汚れていることが見てもわかる。 「ジィィリリ」誰かが玄関のベルを鳴らす音が部屋中に響き渡る。 一瞬、びっくりとしたが、玄関に向かう意思が全くない怜はスマフォに目を向ける。 母親である冬香からメッセージが来ていた。 「あと、14日ぐらいで帰るから、カードで適当に食べてね」 スマフォの明かりが暗い部屋を照らす。スマフォを今、出せる力で壁に投げつけるが、手から滑り飛んだスマフォは本棚にあたり、参考書が床になだれ落ちる。   日が沈み、暗くなった空を見つめる鈴見。挨拶周りから戻って片づけをしている速雄と芙美。ダンボールの数は朝に比べかなり減ってはいるが、配置が決まらず箱に入ったままのものがいくつもある。 速雄がググっと背伸びをし、 「晩飯でも食いに行くか」 「そうですね、お腹すきましたね」 芙美がのんびりした口調で返事をする。 「鈴見もいくだろ?」速雄が尋ねるも、ベランダで天体望遠鏡をいじる鈴見は、 「俺はいいや」と断った。 「星は逃げたりしないぞ」速雄が呆れた口調で言うも、 「今、星が見たいんだ」 「わかった、好きにしろ、帰りは遅くなるから適当に食べてろ」 「わかってるよ」  外に出ていく速雄と芙美。一人残った鈴見は天体望遠鏡を覗いてはいるが、納得がいかないようで何度も場所を変え、隣のパーテーション近くまで動かしていた。 「あと少し動かしたいのに、これがじゃまだな」 パーテーションを見つめる鈴見。 「はぁ、さすがに無理か」あきらめて、天体望遠鏡をパーテーションの真横に固定し部屋にもどり、本棚に本を並べていく。
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