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705号室の怜は暗い部屋で天井をじっと見つめる。手を伸ばし空気を捕まえようとするも、触っている感触を感じることはできない。
「はぁ」小さくため息を吐くと、ゆっくりとベッドから起き上がり、ゴミだらけのリビングを超え、玄関に向かい、扉をじっと見つめる。ドアノブに手を掛けるも手が震えてすぐに手を離してしまった。震える両手で胸を押さえるが、呼吸は荒々しくなり、廊下に両膝を付き倒れこんでしまう。
深呼吸を何度もして気持ちが落ちつくのを待った。
心臓の鼓動が落ち着くのを両手で感じ、立ち上がる。玄関から離れるようにベランダに向かう怜。
ベランダに出ると風がぼさぼさの髪をかき上げ、視界を狭くする。深く、深く深呼吸をして、手摺に足をかけ、強く手摺を握りしめる。目を閉じる。その時、猛烈な突風が怜の髪を逆立てるように持ち上げ、
「バァタン!」大きな音を立てて、パーテーションを天体望遠鏡がぶち破り、怜に直撃した。その勢いで掴んでいた手摺を離し、ベランダに勢いよく尻もちをついてしまった。
音に驚いた鈴見が慌てて、ベランダに駆け寄ってくる。
「やっちまった・・・」大きく穴の開いたパーテーションをみて硬直する鈴見だが、その先にしりもちをついている怜に気づき思考が飛ぶ。
「・・・」
鈴見を見ている怜。
慌てて我に返り声をかける。「すみません、怪我無いですか?」
「・・・」
「・・・」
「怪我は・・ないですね・・」そう言って倒れた天体望遠鏡を起こし、壊れていないか確認しながら、
「親御さんは今、いないの?」
「・・・」
何も返事をしない怜に違和感がした鈴見は、悪いと思いながらも部屋の中を覗いき、散乱したゴミを目の当たりにしてしまった。
突然の出来事に混乱している怜は鈴見を見ることができず、震えながら、小さく声を発した。
「いぃいまぁ、わぁわたしぃひぃひとりぃで、くらぁらぁしぃてる。すぅすてられぇれた」
小さな声を聞き取ろうと顔を近づける鈴見。
唐突な接近により、ベランダから、慌てて、窓のところまで逃げ、距離をとる。
「ごめん、いきなりは怖いよね。俺はさっき引越ししてきたばかりの心月鈴見って言います。パーテーション壊して、部屋の中勝手に覗いて本当にごめんなさい」
「・・・」
「・・・」
二人の間に沈黙だけが流れている。このままではまずいと思った鈴見は、
「ちょっと、待ってて」そう言って、鈴見の部屋に走り出す。
部屋から折りたたみ椅子を持ち出し怜の前に戻ってくる。
「何もしないからここに座って」
鈴見の意外な行動に困惑するも、渋々椅子にすわる怜。
また、部屋に戻り、今度はキャンプ用コンロと鍋を設置して鍋に缶のスープを注ぎ込む。ただ黙ってみているだけの怜。スープが温まるにつれ甘い香りが怜の鼻を刺激する。匂いにつられ、怜のお腹からぐぅうぅとうなるように音がする。
「お腹空いたよね、俺もまだ晩飯食べてないから」そう言いながら鈴見は天体望遠居を705号室のベランダで調整している。
「あぁあのぉ、こぉこは、わぁわたしぃの、へぇやです」
「ごめん、ごめん、でも、こっちのほうが、星が見やすそうだから、ちょっとだけ許して」
「・・・」
天体望遠鏡の設置が終わった鈴見は温まったスープをカップに入れて怜に差し出す。
「缶詰でも結構うまいよ」
「・・・」
鈴見の差し出したカップの中にはカボチャのスープ入っていた。その香りは甘く優しく怜の鼻の中へ入ってくる。
「カボチャは嫌い?」
頭を左右に振る怜。
「よかった」
スープに口をつけると、凍ったように冷たい体をゆっくりと、中から溶かしていくようにじわりじわりと温まる。そのままカップに入ったスープを飲みはしてしまった。
「ふー」と息を吐き、我に返った怜は部屋に走り出し、その勢いのまま戻ってくるなり、スマフォに文章を打ち込み鈴見に見せた。
「雪雨怜と言います。親に捨てられて、一人暮らしをしています。部屋が汚くてすみません。怪我はないです。スープごちそうさまです」
怜の突然の行動に驚きながらも少し笑い
「どういたしまして、といえるのかな・・・せっかくだからお詫びに星でも見ない?」
天体望遠鏡を覗きこみ小さいながらも光る星にピントを合わせながら、
「冬の三角形は知っている?」
頷く怜。
「ではこれは何でしょう?」
天体望遠鏡を覗くように勧められ中を覗く怜。
「・・・」首をかしげる。
「今、赤っぽい色の光っている星が、ベテルギウス」
夜空を指先でなぞるように三角形を描きながら話す。
「あっちの白と黄色の混ざったようなのがプロキシオンで、シリウス」
鈴見の話す速度が速すぎてついていけない怜は頭を左右に振り、スマフォに文章を打ち始めた。
「早すぎてついていけない。三角形はわかる」
「わるい」
プロキシオン、シリウスに天体望遠鏡を一つ一つピントを合わせて、怜が見ているのを確認して説明をする鈴見。
「この三つが冬の三角形で、」
冬の冷たい風が二人の間をするりとすり抜けると、クシュンと怜がクシャミをした。
「自由に見ていいから、ちょっと失礼」
鈴見は部屋の中へ入っていく。
怜が天体望遠鏡を動かし星を見つめている。
戻ってきた鈴見はブランケットを怜にかける。
びくりとする怜。
「寒いだろ?それで、ベテルギウスを中心した六角形もあって」
「どれだかわかる?」
怜は頭を左右に振る。
夜空の星を優しく指でなぞりながら六角形を描く。
頷く怜。
「今、見ているのが」
「あ!」急に声を上げる怜。
「どうしたの?」
スマフォに文章を打ち込む怜。
「今、流れ星が流れた」
「願い事と出来た?」
頭を左右に振る。
「次、見えた時に何を願うか決めないといけないな」
目を左右に動かしながら鈴見を見る怜はスマフォに文を打ち込み始める。
「願い事はできなかった。パーテーションは何とかしないといけない。私は人と話すことがうまくできない。吃音症だから。これは願っても叶えられない」
少し残念そうな顔をする鈴見。
「そうかもしれないけど、星に願うなんてロマンがあると思わない?人間なせば成る。心の底から思えば叶えられないことはないと俺は思うけどね」
「・・・」
「それに、冬はふたご座流星群が流れるから、まだチャンスはある」
「・・・」
「それと、ベランダもつながってしまって、同じ家みたいになったから、パーテーション弁償はなしでも・・・」
スマフォに文を打つ怜。
「ごめんなさい。親に捨てられたのは嘘。今は、一人暮らししている」
「やっぱり、弁償だよね」落胆する鈴見
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