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風呂※2020猫の日番外編
最近の俺には楽しみがあった。
初恋の時だってこんなんじゃなかった。みたいに、すぐに顔を見たいと思う。
美人の猫とあの人のいる空間が心地いい様な、落ち着かない様な不思議な気分になっている。
◆
すでに行きつけとなっている煙草屋に顔を出す。
店主の青年の名前は、何度か通った後聞いた。
『杜だ。』
たばこ屋の青年はそれだけ答えた。
態々バイトをこの近くに入れて、出勤前か帰宅前にここによる。
美人猫にご挨拶をして、それから煙草をひと箱。
別に喫煙量は増えていない。ただ、この店以外で煙草をあまり買わなくなっただけだ。
「いいですか?」
購入した煙草を一本出すと青年、杜さんに聞く。
「にゃあ。」
ミケさんが代わりに返事をする。
もうお決まりになってしまった、やり取りだ。
俺は店の中に入り込むと今日も畳の上に座る。
それから煙草に火をつけて、ゆっくりと吸い込んだ。
今日はバイトが長引いたので、もうとっぷりと日は暮れてしまっている。
きっとミケさんの散歩へももう行ってしまっただろう。
俺のためにミケさんの散歩を待ってくれるなんていう甘酸っぱい関係じゃない。
その上、今日のミケさんは俺から少し離れたところで丸くなってしまっている。
猫っていうのはそういう生き物だと知っていても少しばかり寂しい。
「花火大会……?」
置かれた、紙は花火大会のチラシだ。
この辺に住んでいないのでよく分からないけれど、再来週の土曜に花火があがるらしい。
「ああそれ。毎年恒例なんだよ、この店からもよく見えるんだよ。」
髪の毛を書き上げながら杜さんがチラシを見る。
この先に川があってそこで打ち上げるんだと言って、目を細める。
この人の黒髪は浴衣がよく似合うだろうなんて、碌でもない事を考えてしまう。
「はあ。」
杜さんがため息をついた。
それから目を細める。それはまるで猫みたいでとても綺麗だ。
「君、お風呂入っていかない?」
言われたことの意味がよく分からなかった。
今まで花火の話をしていた筈なのに、何故そんなことを言われるのだろう。
「は?」
思わず、素で変な声を出してしまう。
「今日彼女、君のところに寄っても来ないだろ?
臭いんだよ。煙草はまだしも汗の匂いがいつもより強すぎる。」
だから、逃げられる。
そういって杜さんは笑った。
「いや、着替えないですし。」
袖口の匂いを嗅いでみるが確かに酷い。
今日は寄らない方がよかったかもしれないという匂いだ。
「んー。何か適当に出すよ。」
と言っても、杜さんと俺では体形が一まわり以上違う。
杜さんの方が大きいならまだしも、逆ではどうにもならないんじゃないかと思う。
けれど、杜さんは「じゃあ、お風呂沸かしてくるね。」と言って奥に行ってしまった。
「にゃあ。」
ミケさんが俺の代わりに返事をしたみたいな絶妙なタイミングで鳴いた。
◆
別に俺と杜さんは友達という程の仲ではない。
風呂場に案内されて、着替えの説明をされる。
「石鹸とかは使っていいから。」
杜さんはそう言って着替えを渡してくる。
明らかに杜さんより大きいサイズの新品のトランクスとTシャツとスウェットのズボンに違和感はあるが、それを態々たずねられるほどの間柄には慣れていない。
「にゃあ。」
ミケさんが俺の足にまとわりつく。
さっきまで遠巻きにしてたじゃないか。
「ああ、彼女覗き魔だから。」
杜さんはそういうと「ごゆっくりー。」と言って脱衣所から出て行ってしまった。
彼女、ミケさんはもう一度「にゃぁ。」と言ってするりと風呂場に入ってしまった。
仕方が無く服を脱いで彼女のあとに続く。
「一緒に入ります?」
俺が聞くと、彼女は不思議そうにこちらを見返すだけだ。
風呂に入っている間、ミケさんは洗い場でじいっとこちらを見ているだけだった。
彼女にお湯がかかってしまうので縮こまって頭と体を洗う。
もう距離を置かれてないんだから洗わなくてもと思うが、あの人が態々声をかける位臭かったのかもしれないと思うと念入りに洗わざるを得なかった。
湯上り。杜さんは俺の脱いだものを入れる紙袋も準備してくれていたみたいで、そこに服をしまう。
煙草だけ履いたスウェットのポケットに突っ込む。
見事に俺のサイズピッタリの服はやはり杜さんのものではなさそうだ。
店の方に戻ると彼はいつもの場所に胡坐をかいて座っている。
ミケさんもすたすたと俺の後をついてきていた。
「どうぞ。」
杜さんに渡されたのはコーラだ。
「ありがとうございます。」
受け取って畳に座り込むと今度はミケさんが俺の太ももの上に乗ってきてくださった。
「やっぱり匂いがよくなかった。」
杜さんはそう言う。
その笑顔にあまりにも色気が滲んでいる気がして、どうにかなってしまいそうで、慌ててポケットに詰め込んだ煙草を取り出す。けれど、それをミケさんが咎める様に「にゃあ。」と鳴いて思わず手を止める。
「花火、ここで見てもいいですか?」
何か話をしていないと思わず彼に触れてしまいそうで、そう言うと杜さんは猫の様に笑った。
了
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