東雲の頃……

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東雲の頃……

真夜中が過ぎ、夜空が朝を迎える準備をする時間、辺りは真っ暗闇…… 秋の入り口である今、 夕暮れと月灯りが入れ替わる頃は、 一日で一番好きな時間だ。 幼少期やら十年前、一年前や先週の事を思い出す時間になる。 それとも、あの子にふられたのは何年前のいつ頃だった?とか、 飼い猫を保護した時は、何月の何時だったっけ?とか。 これから見る景色は何処からか、どんな色かは分からないけれど、好きと思える時間はいつも薄明るい。 まだ月灯りで東雲が現れる頃も好きだ、この時も昔を振り返る時。 何も考えずに、陽が昇る前に出かけ 背中から薄明るくて夜と昼の境目と、真夜中から朝の色に変わる時間、ハンドルを握り、車の通りが少ない道をひたすら走らせる。 目的はどうあれ、この時の道幅も路面のデコボコも感覚が呼んでいるから何も思わずに向かっている。すれ違うトラックのヘッドライトを眩しく思うけど、通り過ぎればまた真っ暗な道、少し慌てた車に煽られても左へ寄って道を譲る。 当たり前の事でも暫しの間は緊張するが、 慌しさも過ぎれば薄暗く、また夜空をゆっくり伺える。 この星たちは自分と同じ空間で、今ここに存在を現すために生まれてきたんだなと思うと、光っている星を見つめる自分との偶然を喜ばずにはいられない。 どこの星で、名前も知らず、目的もわからず、話もできないけれど今、目の前で輝いているのは事実だ。 少し時間を許してくれないか?と、 海岸沿いの休憩スペースのある駐車場へ停め、外へ出て歩く事にした。 この時期の風はとても心地よく、あのただ蒸し暑いだけの湿気た空気もやっと終わって、窓を開けながらハンドルを握る時は生きていると言う瞬間になる。 電灯が何本か数えるくらいしかなくて薄暗く足下に気を付けながら海辺へ向かって歩く。 秋雨が続いたせいで、砂丘のような場所から見下ろすと砂地にいくつかの水溜まりが出来ていた。 近くまで寄って見てみると、水平線を境に空が青、黒、橙とそのキャンバスの上に星群が浮かび描かれている。海にはそれらが写って上下逆さまの世界を見ることができる。 水溜まりにはそれぞれ幾つかの星が写ってる、牛の背中のまだら模様の水が揺れる中そこに星が光っている。 これは牡牛座の仕業かなぁ? 馬鹿げた事を思いながら、その風景を眺めて気が済んだのか車へ戻ると、再びハンドルを握りサイドブレーキを下ろしアクセルを踏む。 水門へ集まるさほど大きくない川を渡す橋と、幾つかの無人相手の信号を過ぎると最近できた高架のバイパスだ。 これまでの海岸沿いの薄暗かった世界とは違って街灯が連なっている。 ぼんやりとオレンジ色の疎らなカーテンを潜り抜け何度かカーブでハンドルを切ると下り坂で大通りに交差する、ちよっとした街になっている。 下り車線だけ何ヶ所かコンビニがあるが、さっきまでの余韻を壊さぬよう通りすぎるだけにした。 やがて、またカーブが連続して下に貨物列車が通過する線路の上の高架を上りその先の信号を越えれば市外へ抜ける境となるトンネルが現れると、徐にアクセルを踏み込む。 ピノキオが鯨に呑み込まれる様な、それくらいのスピードで、照明付きの鯨の体の中の長い長いトンネルへ入る。 これを過ぎれば、目的地の母親の実家の町だ。 今日は手土産も無い。 その代わりに、何か昔の懐かし話でもネタにして笑う時間に費やそうと、鯨のトンネルを抜け、ウィンドウを下げて風を浴びると、懐かしさと古臭い潮風の匂いがぼくの顔にお帰り!と挨拶した様に感じた……。
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