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手紙は海を越えて
黒色がすっかりくすんで、灰色に変わってしまった玄関チャイムを、僕はいつものように軽く押した。乱暴に扱うと壊れてしまいそうなほどに古びているのだ。
しばらくの後、家の主の声が、引き戸の向こうから聞こえた。
「あら、アキちゃん」
その引き戸が開かれて、見知った顔が現れる。
「はい、これ郵便」
僕は一枚の葉書を彼女に渡す。ああ、と彼女は合点した反応をした。
「いつもありがとね。あ、じゃあついでに――」
おもむろに、玄関横にある靴箱の上に置かれた、一枚の葉書を彼女は手に取った。そして僕に差し出す。
「これをおばあちゃんのところまでお願いできる? ――はい、依頼料」
了承を得る間もなく、彼女は僕の手に硬貨を握らせた。銀色に輝く百円玉が三枚あった。
「承りました」
彼女の家を後にして、門の前に止めておいた赤いママチャリに股がった。
空は今日も綺麗な夕焼け色。そして世界は静かだった。田舎の港町は、遠い都会の喧騒など関係なく、ゆっくりと穏やかな時間が流れている。
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