1.異世界転移とオオカミ少女

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1.異世界転移とオオカミ少女

 とあるアパートの一室。  2Kの一人暮らしには十分すぎる部屋。  そこでゲームに集中しているのは僕。 「ポイントH、ラス1のSRが芋ってました」 《りょーかい……バカめっ! これでも食ら――あ、自分のフラグで死んじゃった》 「何をやってるんだあんたは……よし、殺りました」  WINNERの文字が画面いっぱいに表示される。  僕と通話……というかVC越しのゲーム仲間は、同じ高校の先輩で結構な美人だったりする。ただ、ゲーム仲間であって恋人でも片想いの相手でもない。  僕達がやっているのはFPS。よくある一人称視点で銃を持ち、フィールドを走り回って敵を殲滅するゲームだ。  ゲームモード自体はいくつかあるけれど、敵を殺すことに変わりはない。物騒である。 「ふぅ……2対6はキツいですね」 《ホントだよ全く……でも気分はスッキリだ》 「ええ、バカにされたままじゃ終われませんし」  時間も遅いため「お疲れ様」と言い合ってパソコンの画面を閉じた。時計を見ると丁度2時。  今日の対戦相手は、キルする度に敵を煽るちょっと不愉快な連中だった。昨日までは苦笑いでスルーしていたものの、今日は二人揃って爆発。  デスは先輩のセルフキルだけ。  ……僕は短気だとよく言われる。  煽り耐性がない、と言ってしまえばそれまでだけれど、自分を低く見られることが我慢ならない。正しかったり、多少低いくらいなら文句はない。  けれど、低過ぎるのはダメ。  こんな性格だから生きにくくはあるけど、あんまり気にはしていない。意外となんとかなるものだから。 「あ、今日の夕飯……夜食? 買ってなかったんだっけ」  やってしまった。  まあ、今から買いに行けばいいだけの話だ。補導される可能性があるから嫌なんだけど。  良い子の皆は真似しないでね!  適当に着替えて外に出る。  今夜は冷えるな……やっぱり戻って上着を羽織る。向かう先はコンビニ。遅い時間に食べる時はコンビニ弁当の時が多い。  料理が全く出来ない訳では無いけれど、男子高校生らしくあまり凝った料理はしない。 「んーと、明日の分も買っておこうかな」  夜食(大盛り弁当)、明日と明後日の朝食(メロンパンとバターロール)、明日の夜食(蕎麦)、1.5Lのジュースを一本買った。割と重いね。  鼻歌を歌いながら家まで歩いて行く。何の曲だっけ……ああ、最近見ているアニメのオープニング曲だ。  そんなどうでもいい事を考えながら青信号になるのを待っていると、クラクションの音が聞こえた。  肩を跳ねさせてそちらを見ると、道路に女の子が立っていた。しかも、犬? 狼? のコスプレをしたパッと見は可愛い女の子。 「可愛いけどかなり痛いな……」  あれ? 僕の体はどうして女の子に向かって動いているんだろう? あまりの可愛さに近くで見たくなったとか……なんて、現実逃避はやめだ。  女の子のすぐ近くにトラックが迫っている。対向車線の車がクラクションを鳴らしてくれたが、女の子はきょろきょろするばかりで動かないし、トラックの方も気づかない。  いきなりだと思うかもしれないけれど、  僕は、僕が好きでいられる自分で居たい。  いじめがあるのならその人の味方になるし、どうしようもないほど困ってる人がいたら話を聞くし、目の前で車に轢かれそうな人が居たら条件反射で助けに入る。  それが出来なければ、僕じゃない。  だから今回のこれは仕方ない。  女の子を突き飛ばしても間に合わない。だから、生き残る可能性に賭けて女の子を抱きしめると、トラックの進行方向に全力で跳ぶ。 「―――」  跳ね飛ばされた。  間を置いて襲ってくる痛みに声が出なくなる。痛みとは熱さに似ているのだと初めて知った。死にそう  女の子は? 「……ぁ……っ」  腕の中で僕に何かを言おうとする。  しかし、その女の子もまた血だらけで声が出せない状態らしい。命を賭けてもこの程度しか成せないのが僕なのか。そうか。  女の子の手が僕の頬を撫でる。  ま、いいじゃないか、何も出来なくたって。  重要なのは、助けようとしたかどうか。  もしかしたら、女の子の方は助かるかもしれないだろう? だから安心して眠ろう。  僕の場合は永遠の眠りなのだけれど。  あ、先輩……約束、守れなくてすみません。  そしておやすみ、名前も知らない女の子。  ◇◇◇  ――つんつん。  体がだるい。動きたくない。  この柔らかい枕でゆっくりと休みたい。 「……お腹すいた」 「僕はお母さんじゃないから……」 「ご主人様、ご飯……」 「……ちょっと待とうか」 「うん」  努めて冷静に目を開ける。  まず、横を向いている僕に見えるのは瓦礫。建造物の跡みたいなのはあるけるど、原型は留めていない。この時点でよく分からないね。  そして、上を向く。  謎の膨らみが視界を遮り、半分ほど女の子の顔を隠してしまう。謎の膨らみ=胸なのは明白だ。 「これは、どういう状況でござんすか?」  おっと、混乱しすぎて変な言葉が。 「わたしが、ご主人様を膝枕してる」 「……このまま話を続けてもいいの?」 「うん、お触りまではいい」  ごめん、そこまで聞いてない。  というか、柔らかいのはこの子の膝と。  人生で今が一番幸せかもしれない。  いや落ち着け、僕。冷静沈着ってこともないけど、ここで取り乱していいことはないんだぞ。……膝枕を堪能する為にも。 「まず、君は誰?」 「わたしはノエル。ご主人様の下僕」  さらっと捕まりそうなワードを連発してきた。  ご主人様、下僕、女の子……お巡りさん、違うんです。 「そっか、ノエル。今度はそのご主人様っていうのについて教えてくれない? そんな呼ばれ方をされる覚えがないんだけど」 「忠誠を誓った相手をご主人様と呼ぶ、ってお母さんに教えて貰った。だからご主人様」 「……ノエルは僕に忠誠を誓ってるってこと?」 「うん」  女の子に忠誠を誓われる僕って。  何かしたかな……あ、痛い女の子ってこの子じゃ、うん? トラックに轢かれて、痛い思いをしながらしんで……一旦落ち着こう。  僕は一度深呼吸してから質問を続ける。 「どうして僕に?」 「わたしを金属の塊から助けようとしてくれたから。助からなかったけど、すごく嬉しかった」 「……どういたしまして?」 「うん、ありがとう」  金属の塊。トラックのことだろうか。  そしてもうひとつ、助からなかったというのは? 「もしかしなくても、僕達は死んだの?」 「そうみたい」 「みたい?」 「これ、開ければ分かると思う」  ノエルが手紙のような物を手渡してくる。  説明が苦手だから紙に書いたのか、とも思ったけれど、開けてみると中には何も入っていなかった。いや、正確には違うものならある。  よく分からない〝何か〟が僕の体に入り込んでくる。直後、情報の波が押し寄せてきた。  ひとつ目、僕達は一度死んでいる。  それは分かっていたけれど、そうじゃない。死んだ後、僕とノエルは神様に会っていたそうだ。覚えていないのは、神域のことを忘れるように出来ているから。なんじゃそりゃ。  二つ目、ここは異世界である。  一度死んだ僕達が生きている理由。それは、ノエルのことが関係している。僕がコスプレだと思った耳と尻尾は、偽物ではなく本物なのだそう。  なんとなくそんな気はしていた。  今も、ノエルの尻尾が僕の体をぺしぺし叩いているから。僕を膝枕するのが嬉しいのだと本人は語る。  そして、ノエルが日本に居たのは偶然。空間に歪みが生じていたらしく、そこからノエルが紛れ込んでしまったのだ。感覚的にはゲームのバグと考えていい。  ノエルと僕が死んだのもその近くだったため、神様が歪みを感知出来た。貢献した僕達に何も無いのは可哀想だし、それなら記憶を保持したままノエルの世界に送ってあげよう、となったようなのだ。  よく分からないけどありがとうございます。  三つ目、ご褒美。  記憶を保持したまま転生(?)というのは複数居る神の一人が考えたもので、他の神様からも色々と貰っている。確認は後にするとして、明らかに要らないものを寄越した神様はうざい。  四つ目、適当に生きて。  転生したからと言って、特に何かがある訳ではない。悪人になろうが聖人になろうが知ったことではない、と。  それでも送る場所くらいは考えて欲しい。  僕達が居るのは遺跡。  生きるも何も、数日中に死にそうなんですけど? 「神様のことどう思う?」 「どちらかと言うと嫌い」 「激しく同意!」  何も無いところに放り出されればそうもなる。  それでも冷静で居られるのは、女の子に膝枕をしてもらっているからかもしれない。いや、本当にね?  でも、遺跡ってことは石なのでは? 「ごめん、ありがとう」 「?」 「痛かったんじゃないかと思ってさ」 「うん。でも、喜んでくれるならいい」  何この子、健気。一体どんな顔をしているのか。起き上がってノエルの顔を見る僕。  そして、数秒程でサッと目を逸らした。 「ご主人様?」 「あ、いや……なんでもないよ」  嘘です。可愛過ぎて直視出来ませんでした。  髪は綺麗な純白。ピュアホワイトと言えばいいのか。長い髪に狼の耳と尻尾、顔立ちは可愛い系、肌は不自然に思わない程度に白く、身長は140ちょっと。  軽く萌え死にそうなくらいの美少女だった。  歳下萌えでなくとも惚れそうだ。 「! ……ぎゅーっ」 「え? な、なんで抱きしめられてるの?」 「不安なのかと思って……嫌ならやめる」 「まあ、嬉しいけど……」  柔らかい感触は意識しないことにする。  好意はあるのだろうけれど、それはどの程度なのか。本人に聞けるはずもなく、頭と狼耳を優しく撫でていた。尻尾の振られ具合で判断出来るため、安心して撫でられるという。  今は音がするほどブンブン振っているが、本人も分かっているようで恥ずかしそうに尻尾を掴む。  そんな時だった。  ノエルのお腹が盛大に鳴ってしまったのは。 「うぅ……」  頭から湯気が出そうな勢いで恥ずかしがっている。美少女の恥じらう姿は絵になるな、と思いつつ横に置いてあったコンビニ袋から弁当を取り出す僕。  匂いに釣られてまたノエルのお腹が鳴った。 「一緒に食べよっか」 「……うん」  蓋を開けると、今にも「じゅるり」という音が聞こえてきそうな様子のノエル。温めてないからそんなに匂いはしないと思うのだけれど、やはり狼の獣人だからなのだろうか。  割り箸を割って、少し困った。  箸が一本しかない。蕎麦も買っているのだから二本入っているだろう……と思っていたけれど、店員のミスか一本だけである。 「あのさ、箸が一本しか……って箸は分かる?」 「ううん、分からない」 「やっぱし。箸っていうのはスプーンとかフォークみたいな物なんだけど、こうやって使うんだ」  卵焼きを半分にして持ち上げてみる。 「……難しそう」  それもそうだった。  箸があっても使えなければ意味が無い。試しに持たせてみると、クロスしてしまって上手く掴めないようだ。  なので、代わりに卵焼きを口元に運んであげる。 「んふー、美味しい……」 「それは良かった。唐揚げも食べてみる?」 「? くんくん……はむ」  唐揚げの匂いを嗅いで、食べた。  そして、暫く咀嚼していたかと思えば目をキラキラさせてこちらを見る。美味しかったんですね分かります。 「ご主人様大好きっ!」 「それ、喜んでいいのかなぁ……」  とは言いつつも、女の子に好きと言われれば嬉しい僕。お米は冷めてしまうと美味しくないけれど、ノエル的にはすごく美味しいらしい。そのうち温かいのを食べさせてげたい所だ。  あ、ちょっとした問題が。  この箸を使うと間接キスにならない?  いや、同じ箸を使っているからってそんなに意識する必要はないんだけど、ノエルって箸に付いた米粒まで食べようとするから唾液が、ね。  いいのか?  いいんだな?  やっちゃうぞ?  …………。  案外、食べてしまえばどうということは無かった。満足気なノエルは可愛いけれども。  さて、腹ごしらえもしたところで……  この現状を何とかしようじゃないか。
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