5.扉の奥には

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5.扉の奥には

 疲れた。本当に疲れた。  走り回っていたせいで息が…… 「出て欲しい時は出てくれないんだよなぁ……まあでも、無事に終わった訳だし、開けられるはず」 「二つ目があるかも」 「やめて? 本当にあったら泣くよ?」 「その時は甘えてもいいよ」 「………」  なんだって?  泣きながら美少女に甘えていい?  それはかなりご褒美案件では。 「ちょっと考えたっ!」 「そんなことないし」 「本当に?」 「本当に」 「ぎゅってしてあげるのに?」  くっ、僕はこんなことで負けたりしな―― 「……考えた、かもしれない」  えへへー、と嬉しそうにノエルが笑う。  おっぱいには勝てなかったよ……それに、頑なに否定し続けると落ち込んでしまう可能性もある。女の子は繊細らしいので。 「じゃ、行こうか」  一応、警戒はしつつ同じ場所に触れる。  すると、  《認証を開始…………成功。扉のロックを解除します》 「やった! 早く行こっ?」  開けようとするノエルの手を掴む。 「ストップ。何があるか分からないんだし、慎重に行こう」 「う、うん……そうだった」  中に大きな魔物が居ました、食べられちゃいました、なんて事になったら目も当てられない。  静かに扉を開ける。  そこから見えたのは光。明るい部屋らしい。段々目が慣れてくると、危険はなさそうだったので中に入ってみた。 「……なんか、落ち着く気が?」 「わたしも、そんな気が?」  安らぐというか、ここで寝たい感じ。  見た感じは何かのロビーのよう。しかし、お店のレジを思わせる機械も置いてある。なんなんだろうか、ここは。 「誰か居ませんかー? ……いや、居たら怖いけど」 「前半は肯定しますが、後半は否定します。ここに居ますが、怖くはありません」 「ひぃっ!?」  幽霊でも見たかのようにノエルが腕を抱きしめる。柔らかいけど力が強すぎてちょっと痛い。まあ、背後から声をかけられれば仕方ないんじゃないかと思う。  後ろに居たのは女の子……だと思われる。  どうして女の子だという確信がないのかと言えば、顔が整い過ぎていて無表情だから。現実にありえない 「間違ってたら悪いんだけど、ホムンクルス的な?」 「はい。その認識で間違いありません。……地上には、まだ桜の同類が居るのでしょうか?」 「いや、僕は知らないけど……ノエル、聞いたことある?」 「え? な、ないよ?」  そっか、居ないのか。  整い過ぎた顔でホムンクルスと考えるのは短絡的かと思ったんだけど、本当にそうだとは思わなかった。 「で、桜さん、でいいのかな?」 「さん、は必要ありません。桜とお呼びください――マスター」 「……今、なんて?」 「桜とお呼びください、と」 「その後」 「マスター、ですか?」 「それ。なんでマスター?」  マスターとかちょっと厨二心をくすぐられる言葉だけど、そんなものになった覚えはない。  しかし、その疑問はすぐに解消された。 「前マスターによる最後のお願いが、いずれ来るであろうアルカナの誰かに仕えること、だったからです」  そう言って寂しげな表情を浮かべる桜。  もしかしたら表情は変わっていないのかもしれないけれど、寂しそうに見えて仕方ない。  アルカナについては、多分愚者のことじゃないだろうか。他にも居ると分かっただけで収穫である。 「誰かってことは、僕じゃなくてもいいんじゃないの?」 「はい」 「じゃあ、どうして僕がマスターなの?」 「……耐えきれなくなったから、でしょうか」  戸惑いを隠せない僕。  どういうことか全く分からなかったから。 「桜は、399年間ここで待ち続けていたのですが、誰一人ここへ来ることはなく、一人は寂しいものなのだと桜は気づきました。そんな桜の元に現れたマスターです。迷う余地は、あるのでしょうか?」  399年。僕の20倍以上もここで一人。  そんな孤独に僕は耐えられるのだろうか? きっと、無理だと思う。100年も耐えられないで自殺する。確信できる。 「分かった。僕が桜のマスターになるよ」 「……よろしくお願いします、マスター」 「うん、こちらこそよろしくお願いします」  桜が頭を下げると、薄ら桃色――この場合は桜色と言うべきなのかな? 綺麗な髪からいい匂いがする。 「……お話、終わった?」 「あ、ごめんごめん。終わったと言えば終わったよ」  区切りとしては丁度いい。  アルカナについて詳しく聞いたりはしたいけど、今はそんなことよりも気になることがある。 「ここから出る方法って知ってる?」 「はい。……いえ……前マスターからお聞きしたはずなのですが、どうやら……」 「あー、忘れちゃった?」 「……はい」 「まあ、400年生きてるんだからしょうがないさ」 「わたし、7年前くらいでも覚えてないよ?」 「それはそれでどうなの?」  フォローの為に言ったんだよね?  本当に覚えてないのかな……びっくりだ。 「でも、聞いてるってことはあるんでしょ?」 「それは間違いありません。この部屋の先に何かがあるはずです」  そこまで分かってるから後は自分で行けるんじゃないかな。いや、桜も来るならみんなで? 「でも、その前に休みたい……」 「うん、わたしも……」 「でしたら、空き部屋が複数ありますが」 「「ほんと!?」」 「桜が使用している寝室と、前マスターの使用していたお部屋があります。どちらになさいますか?」  ごめん、それって選択肢あるの?  というか、桜が使ってるのに空き部屋扱いなの? 「桜の部屋を選んだ場合は?」 「同じベッドで眠ることに――」 「もうひとつの方でお願いっ」 「わたしも!」 「え?」 「えっ? ……だめ?」  ダメとは言えない僕。  まあ、ちょっと歳上の色気あるお姉さん的な桜より、胸はあるけど子供っぽいノエルの方が精神衛生上好ましい。 「……ご主人様、失礼なこと考えてない?」 「き、気のせいじゃないかな?」 「ほんと? わたしを子供扱いとかしてない?」 「してないしてない!」  めっちゃしてました。  でもさ、頭を撫でて喜ぶのは子供じゃないかと思うんだ。 「それで、ここって何をする場所?」 「休憩やアイテムの補充です」 「休憩はいいとして、アイテムもあるんだ。まあ、僕達はお金なんて持ってないけど」 「いえ、必要ありません」 「?」 「前マスターより桜が引き継いだものですので、現在はマスターの物となっています」  まさかの、ジャイアン理論が出てきた。  前マスターって言う人はやっぱり死んじゃってるのかな。そうじゃなきゃアイテムだけ残して行かないだろうし。  遠慮なく使わせてもらおうか。 「ご飯もある?」 「はい、あります」  超嬉しそうなノエル。  ああ、そういえば……パンは辛うじて無事だったけど、蕎麦は死んでたんだよね。飲み物があるだけマシだった。 「今から桜が作りますので」  ……まあ、一人暮らししてたんだから大丈夫でしょ。……大丈夫、だよね? 不安になってきた。  どうか、普通の料理が出てきますように!
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