興亡分岐点・後編~王国ロブリーズ~

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この戦いを見ていた銀色の鎧兜は屋根上から降りてきて、アサヒの三歩前に立った。 「君、名前は?」 「え?あ、リノクのアサヒです。」 「勝者、リノクのアサヒ!」 どうやら、試合終了らしい。 アービターは名を問い、アサヒに何かを手渡した。 「えっと、貴方は…新手のモブエキストラ?」 「モブじゃないなぁ、スポーツの審判みたいなものだよ。  もしかして、レースを知らない?」 「あ、はい。解説待ってました。」 「あちゃーまたなんで初心者に喧嘩を売って負けたんだあの子達…」 金属達磨――残念ながらアサヒにはこう見える――はうんうん唸って、それから、一冊の本を取り出した。文庫本サイズの本は男の金属の小手に包まれた手の内で開かれ、読まれていく。 その茶色い表紙の本には文字がビッシリ書かれているが、アサヒには全く読めなかった。 「説明しよう!!“レース〈Race〉”とは、  我々“審判〈Arbiter〉”の監督下で行う決闘の事であーる!!  ルールは簡単!武闘派も魔法派も、人間も人外も、  各個チカラを尽くして戦い、相手チームを倒しきったら勝ちである。  一般の決闘と違うのは、我々審判の魔法および監視により、  レース終了後の身の安全が保証される事である。  つまり、レース中に負った傷は、レースが終われば無かった事になる。  この魔法の対価として、  審判は監視する戦闘に対して1つ、規定という縛りを設ける。」 「そうなんだ。」 そう言われてふと、アサヒは自分の体を見た。 先程浴びた魔法による焦げ付きが、無くなっていた。痛くも痒くもない。「じゃあ鎮痛剤飲まなくて良かったかな。」 「ちんつうざい…帝国のお薬かな?  斬られて痛い事には変わりないけど、人間同士のレースに  長期戦は滅多に無いから、副作用があるなら不要だと思うよ。」 銀色の鎧男、審判・サキエルはアサヒの呟きに真面目に自分の意見を返して、本の続きを読んだ。 「レースに勝つと今後の励みとして景品が貰える。  負けたら景品は無し。規定を破れば罰則を受ける。  という訳で、規定は破らないでくれるとありがたいっす。」 「はい!分かりました。」 「これにてレース終了!!  各員、戦闘態勢を解除し、気をつけて帰りましょう!!」 何処から出るのか、町中に響き渡る大声の前ではアサヒの呟きなど蚊の鳴き声だ。銀色の鎧兜は高らかに閉幕を宣言して、大空へビューンと飛んで行った。「…なんだろうこの人間ロケット感。」 《おつかれー》 《オツカレー酸素入りー》 アサヒは審判から貰った青い小瓶をポケットに仕舞い、AEMメガトンナ・モローに目を向けた。 やはりコレも、傷一つ無い。 《使用感想どうぞ。》 「対人間には出力強すぎじゃない?そのうち絶対死者出るよ…」 《なんか魔法なかったら複雑骨折してそうな叩かれっぷりだったよな、  せめて病院送りに留めねーと。》 《一旦回収するぜ、コンタムシリコンの蓋部分に乗っけてくんろ。》 「了解。柄を乗せればいい?」 《オッケー。》 アサヒはズボンのポケットから土耳古色の小型パソコンを出して地に置き、今し方世話になったメガトンナ・モローの柄の端を載せた。 《機構課コージより情報課クラインへ、  メガトンナ・モローの回収をお願いしますぜ!》 《クライン了解、お疲れ様でした。》 メガトンナ・モローはみるみる内に蛍光青色のパチパチする光に包まれて、消えた。 後にはアサヒのコンタムシリコンが残るだけである。 「なんだよ…」 アサヒがコンタムシリコンをしまったその時、声が聞こえた。 「帝国民だからって、調子に乗ってんじゃないよ…」 なんと青い服の青年が、とっても恨めしそうに此方を見ている。 《ドラ●エか!》 「え、まだやるの?!元気だなぁ。」 アサヒは非常に困った。 そもそも、国境越えの気温差にやられている所にこの諍いだったのだ。 正直早く寝たい。それに、武器は本国に返してしまった。 こうなっては、いよいよマイ武器を出さないといけないらしい。 《なんでぃ?次はアルファレーザーで灼かれたいってか。》 「そこマジ煽るな!確かにギンギラギンが来る前に2,3発殴って、  ついでに首の骨折っとこうかなーとは思ったけど、思ったけどさ!」 「なぜ其処で引いたし」 「コラァ!!そこ何やっとるかぁっ!!」 出来れば起きて欲しく無かったRe:一触即発かと思いきや、それは外部により仲裁された。 「げっ、おっさん」 「“おっさん”ではない!!!!」 町中に響きそうな大声を発したその人は、帝国では先ず見ない体格だった。 背丈はもちろん有るし、とにかく体格がすごい。丸太の様な腕とはこの事かとアサヒは思ったが、全体的にさて彼の何回り有るだろうか。 装備は肩・肘・膝のプロテクターとペケ印の浮き出たナックルダスター――小手と言われた方がしっくりくるが、多分攻撃性を増したセスタスというヤツだろう――が印象的だった。 格闘家だろうか。 「王国民たるもの、レースに負けたなら潔く帰れ!!だらしないぞ。  …ほら見ろ。いくら相手が我等が宿敵、帝国民だとしてもだ…  余りに情けなくて、店のお姉さんにまで白眼視されとるのが分からンか!」 「くそ!!お、覚えてろよ…!!」 大の男から説教込みの一喝を食らい、青い服の青年は溜まらず、手にした何かを掲げて消えた。 《ひーダッサ!ザマみやがれー!》 「ちょっうるさ!デーヒー?!コージ?!なんかうっさいけどなんなの?!」 其の様子が通信機の向こうからでも分かったのだろうか。 同級生達の、笑い転けていると推測される音で通信環境は大崩壊した。 アサヒの鼓膜に、金槌でも叩き付けられた様な痛みが走る。 「あぁもう一旦切る!」 慌ててイヤホンを耳から離して抗議したが、改善が見込まれなかったのでアサヒは通信をミュートにした。 「大丈夫か?その…色々。」 「あ、はい。」 仲裁に入った男は、遠慮がちにアサヒに声をかけた。 少しだけ距離が近くなった男を見て、アサヒはペコリと御辞儀した。 「助けて下さって、ありがとうございます。」 「良いって事よ。」 男は地に下ろしていた荷物を肩に掛けた。 底板の付いた、男の胴体ほどの巾着袋だ。アサヒ程度の中背中肉の青年なら、身体を縮めれば入れてしまうかもしれない。 「それより行く宛はあンのか?  沙漠を渡るってンなら今から出ンと間に合わんぞ。」 「あー…それが、国境を越えたばかりで、  まだ今日のホテルしか取れてないんです。」 アサヒは、今日は山岳都市スパイクのホテル――何処の世にも異人館は有るものだ――に泊まり、明日沙漠を渡る予定だった。沙漠という地形が1ミリも想像できなかったので、渡る手段は全く考えていなかったが。 「なら今晩、沙漠を渡るか?今日出発なら案内するぞ。」 「え。」 なんと、喧嘩から助けてくれただけでなく、沙漠を案内してくれると言う。「良いんですか?沙漠って、見た事すら無いんですけど。」 「おう。勿論それなりの準備は必要だが、1人なら何とかなる。」 「ありがとうございます!」 「なら決まりだな。こっから真っ直ぐ行くと、金色の蝶が見えるだろ?  ああいう建物を待合喫茶(パブ)ってんだが、その前で19時に集合な。」 「はやっ!  でもそうか、沙漠って暑いから、夜出ないと逆にマズいのか…」 「沙漠じゃ真昼は動けンからな。では、またな。」 「はい!…そうだ、えっと、名前名前…」 アサヒは慌てて、しかしやっぱり深呼吸して、紙とペンを取り出した。 「僕はリノクのアサヒ、貴方は?」 「本当に帝国民なんだなぁ…モーニ=ゼルコバだ、宜しく頼む。」 アサヒは男の名前と大まかな特徴を記録して、別れた。 モーニとアサヒは、歩いてその場を去って行った。 「ふあぁ疲れた…いい加減寝たい…ご飯と風呂と…  ってそうか、19時集合だから寧ろ昼寝をすべきかな?  うわーん訳分からなくなってきたー…」 これでやっと、宿泊先に行ける。 リノクのアサヒは、確かに沙漠の王国ロブリーズへの第一歩を記録した。
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