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ドン
「何処見て歩いてんだ。」
「わわっ、ごめんなさい。」
通信が無いのをいい事に半分フラフラしていたら、誰かにぶつかった。
「ん?」
見知らぬ二人連れはアサヒと背丈や体格、年が近そうだった。一人は布の垂れた鍔の広い帽子を被っていて、険しい目つき以外に顔がよく分からなかった。
「んん?この人、この国の人じゃない…?」
もう一人は青い服を着ていて、くりっとした好奇の眼をこちらに向けている。後者はアサヒが見た極少ない王国民の中で実に変わった青い服装だったが、どちらの服装にしてもアサヒには却って暑そうに思えた。
「おい坊主。お前、帝国民か?」
さあやってきました第一問。
…アサヒの脳内には、ものの見事に某テレビの音声が流れた。色々混ざっている気はするが、外国で確実に訊かれるだろうこの問いには逆に正直に答えた方が良いだろうとアサヒは冷静に考えていた。
武器は当たり前の様に持ってきている。だから彼の最適解はこうだ!
「…だからなに。」
男達は、アサヒの返答をどう思ったのだろうか。
「なら喧嘩売られても文句ないな?」
「来たれアービター・サキエル!
レースの規定を読み上げ、その始まりを告げよ!」
アサヒよりは年上だろう鍔の広い帽子を被った男はアサヒにそう言いつけ、青い服の青年は何処か虚空に向かって手を上げて叫んだ。
「誰だぁ僕を天使っぽい名前で呼んだのはー!?」
男が何処か遠くへ呼びかける様に叫ぶと、文句を言いながらアサヒ達の前に大きな物体がシュターンッと降りてきた。上から下まで銀色の鎧に固めた物体だ。結構な勢いで空から落ちてきたはずなのに、大した衝撃など無さそうにしている。
「呼んだの君?!」
「そうだよ。」
「了解した。名前は?」
「ブリアン=ローラスシナモム。」
「参加人数は?」
「僕とオレアスとそっちの人で3人。」
「承知した!!本日の規定は弓使用禁止である!
各員には規定に準じたレースを期待する!」
どうやら頭の上から爪先まで、鎧を着た人…らしい。
それは甲冑という物であったが、帝国には先ずあり得ない格好だった。
況してやこの暑い(帝国比)中でギンギラギンの鎧だ…
アサヒは当然知らなかったし、そもそも正気の沙汰と思えなかった。
「では、はじめ!!」
だから、思いっきり開始の合図を聞き逃した。
「それー!」
「わぁ?!」
眼前をよぎる刃物がなんとか避けたものの、前方不注意で喧嘩を買ってしまった様だ。向こうは手にした武器を遠慮無く振り下ろしてきて、やる気満々だ…
どんな字を書くか?なんて想像したくもない!
「留学中くらい騒がずにいたかったけど…!」
リノクのアサヒは眼前を過る刃物を躱しながら、コンタムシリコンで緊急通信を起動した。
「業務連絡!リノクのアサヒ、不当な恐喝に対する正当防衛、以上!」
《通信部了解。メガトンナ・モローK型、試用開始。》
キーン
「うっ」
「な、何だ!?」
若い男声が涼しく響くと、聞きなれない音が辺り一帯に響き渡った。
物資転送音。
王国民の耳には痛いようだが、帝国民には聞き慣れた音だ。
「受領完了!」
《健闘を祈るよ、トリーピトニャ。》
アサヒには今ひとつ分かっていないが、帝国のバーチャルネットワークは国境付近までは届く様だ。アサヒの手には細長い物がもたらされた。
なんてことは無い、非常に細いハンマーだ。リレーのバトンと同じくらいの細い棒に直方体に近い頭部――アサヒの頭と同じくらいか小さい気がする――が付いており、そのアイアンブルーの地には蛍光黄色と青色が、直線的な幾何学模様に沿って走る。
「たあっ!」
「うぉっ?!」
リノクのアサヒは何のためらいも無くメガトンナ・モローを振り回した。《ヒャッハー!!知らねー間に面白(おもれ)ぇコトなってんじゃねぇか!》帝国のチカラ、その眼に焼きつけろっ!!
カーン!
「うぼあぁ!」
キラーン
「もう王国なんだからさ!それホント止めよう!!マジ止めよう…」
メガトンナ・モローは、振る度に頭部の蛍光レールが煌めく。
それに夢中になって振り回している内に、アサヒはいつの間にか、布の垂れた鍔の広い帽子の男を吹っ飛ばしていた。
別に腕力に自信の有る訳でもない青年が、ちょっと振り回してみたら大の男をかっ飛ばしたというのだから恐ろしい。
「うわぁ…コレすごいね、どうなってんの?」
《おい、もう一人何処行った》
《アサヒィ!!右だ右》
「え、うそ?!」
アサヒはメガトンナ・モローの威力に感心していたが、コージとヒデヨリは通信機の中で慌てていた。敵は2人居たはずなのにダチは何をしているんだか。同級生の指摘でアサヒは慌てて敵を探したが、こんな時に限ってパッと見つけられない!
「歪みに宿りし翳りの炎よ、我が意に従い異物を焼け…イティス〈Itis〉!」
青い服装の青年は2,3歩離れた所に居た。
そして、何事かぶつぶつ言いながら、その両手の中で次第に大きくなっていく赤い光をアサヒに向けて放つ。
《しまった、魔法だ!》
「あっつーい!」
赤い光はアサヒの目の前で爆発した。
呪文の通り、火属性の魔法の様だ。身体の前面が軽く焦げた様な感じがするし、視界に火の粉がちらつく。
だが怯んでは居られない。構わずメガトンナ・モローを振り下ろす。
「何すんだよ!!」
「げふんっ」
魔法放出直後をすかさず狙われた青年は、防御する暇も無く直撃。
「うわ。ちょ、流石にやり過ぎたかな…」
なのだが、さっと振っただけで彼は石に近い地面に凹みが出来るぐらい叩き伏せられたので、アサヒは真っ青になった。
「勝負あった!」
ホイッスルが響いた。
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