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【SCENE1】
それが起こったのは六年前。私の十一歳の誕生日だった。元はといえばガス爆発が原因だった。
当時の新聞によると、爆発元はマンション一階住人宅。家主がガス自殺を図った際、何らかの火が引火したことにより爆発したらしい。六階建てのマンション全(二十四)戸と、近隣の住宅二十三軒が全焼・全壊、または、半焼・半壊の被害に遭ったとあった。
掲載されていた近隣住人談には、『爆弾が落とされたのかと思った』とあり、証言どおり空爆並みの事故は、多大な被害者(死者三十一名、重軽傷者九十七名)を出したようだ。
不幸にも我が外場家はそのマンションの六階にあり、巻き添えを食らった両親は死亡。
私は視力と事故当日前後の記憶を失った。が、命は助かった。爆風で数十メートル先まで吹き飛ばされたにもかかわらずにだ。
『奇跡の子』そんな風に呼ばれた時期もあった。だが、そんなのクソ食らえだ。
一人だけ生き残った私は、罪悪感(=サバイバーズ・ギルト)から自分の誕生日である七月七日を忌み嫌っている。この日だけ抜かしてスルーして欲しいほどだ。
因みにサバイバーズ・ギルトとは、災害や事故などで奇跡的に九死に一生を得た人が、自分だけ助かったことにより、罪悪感を覚え、それを抱え込んでしまうことだ。
サバイバー(生き残り・生存者)が陥る様々な症状(サバイバー症候群)も、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の一種と知ったのはもう少し後のことだが、私の負った傷はそれだけではなかった。
両親を亡くしたショックと目が見えないという現実、それに記憶の欠如に加え、実は養女だったというセンセーショナルなる真実まで明るみに出てきたのだ。それも、ようやく退院したと思ったその日に。
もう再起できないほど心が折れた。
食べることも眠ることもできず、どんどん痩せていった――が、不思議なことに自覚は全くなかった。気付いたのは私を引き取ってくれた父方の祖父母だった。
その祖父母は難を逃れ無事だった。マンションと祖父母の家が離れていたからだ。だが、スープの冷めない距離だった。
なのに、一軒家にもかかわらず別々に暮らしていたのは、頑固一徹を地でいく祖父とちょっと頑固だった父の仲があまり良くなかったからだ。
「お前は死にたいのか!」
祖父は悪い人ではない。しかし、心配しすぎると感情が先走り、口が悪くなるのだ。歳を取って随分マシになったが、父はそれが嫌だったのだろう。私もこの時は、祖父が何を怒っているのか分からず、とても憤った。
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