白い男とピンクの女と黒いカラス

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「ナギサちゃんが、かいたの~」  いつものオウム返しだが、回答は間違っていない。世津子は、さっきまでの苦虫を噛み潰したような顔から、再び嬉々とした表情を見せる。 「ほら。やっぱり、渚ちゃんは天才なのよ~!」  両手を広げて渚に抱きつこうとするも、すんでのところで真帆にかわされ、世津子は続き間へと駆け抜けてズッコケた。 「すげぇ~、ナイス・フェイント!」 「そういえば、あの子バスケットボールやってたのよ。後輩女子から手紙もらったりして。昔から男っ気なかったわ~」 「そこの二人、ちょっと黙ってて!」  どうでもいいジョージと洋子のやり取りを一喝し、極力冷静に告げた。 「渚は、天才なんかじゃありません」  (したた)かに打った膝を抱えながら立ち上がった世津子は、カラスならぬキャンキャンとよく吠える小型犬のように捲し立てる。 「渚には、才能があるのよ! 『カメラ・アイ』って才能が。一度見たものをそっくりそのまま覚えて描き出すことができる、普通の子にはない才能が!」 「やめてください。渚は普通の子です!」 言ってしまった後で、自分の主張が随分と矛盾したものだと真帆は我に返った。つい今しがた、ジョージには「渚は普通の子じゃない」と訴えたばかりだというのに。 「渚は……普通の、自閉症の子です」  何だか可笑しな言い回しをしてしまっていると感じながらも、そう説明するしかなかった。  大人たちが不穏な空気を醸し出していることを察知したのか、せっかく完成させた世界地図パズルのピースを、渚は引きちぎるように一つずつ拾い上げては、放り投げ始めた。  言語は通じなくとも、聴覚が優れている渚には全て聞こえていて、自分のことで揉めていることは理解できている。  さすがにバツが悪かったのか、その様子を見た世津子は、(うつむ)きながら小さく呟いた。 「今日のところは、引き上げるわ。でもね、真帆さん」 「はい」  改まって名を呼ばれ、姿勢を正した真帆は、元姑と向き合う。 「才能を認めて、伸ばしてやることが親の務めですからね。それが、多少のリスクを負うことだとしても」  最もらしい捨てセリフを残した世津子は、後ろ手で玄関の引き戸をピシャリと閉めて立ち去った。
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