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再び沖を眺めようと振り返ったとき、ありえない光景を目の当たりにした真帆は、「ギェッ」と頓狂な声を漏らしながら後ずさった。
━━洋服を着た人間が、海中を歩いている!?
白鷺だと思っていたのは、冗談ではなく本当にネオン街を歩いていそうな、白いスーツ姿の男だった。
「誰!?」
「だれぇ~?」
警戒心の欠片もない渚は、真帆の言葉を真似た後、男に近づこうと波打ち際を走り始めた。
「ダメ、渚!!」
暴走する娘を止めようと全力で追いかけるが、海水を蹴散らされて上手く前へと進めない。人気のない浜辺は絶好の散歩コースだと思っていたけれど、ヤバい奴が沸いてくることは想定外だった。
「いやぁ~!」
暴れる渚を力ずくで抱え上げ、無我夢中のまま白い男に背を向け走り出すと、今度はピンク色の人物が対面に現れた。
「ジョージィ~、かっこ悪っ!」
昭和の新婚旅行帰りのようなピンクのスーツに身を包んだ女は、酒焼けしたような、しわがれたハスキーボイスで白い男に向かって叫ぶ。ジョージと呼ばれた男は、水に戻した乾燥ワカメのような長髪をかきあげながら、初めて声を発した。
「だって、シーカヤックなんて乗ったの初めてですもん。そりゃ、ひっくり返りますって、ヨーコさん!」
羽交い締めから逃れようと足蹴りを繰り返す渚に覆い被さったままの真帆は、改めて「ヨーコさん」と呼ばれたピンク色の女の顔を正面から見つめた。
「お母さん……」
間違いない。自分の記憶にある母の面影よりは幾分か衰えた印象ではあったけれど。
「ヨーコさん」と呼ばれた女は、紛れもなく自分を産んだ人。母である『洋子』だった。
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