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 渚は怖いもの見たさで、黄ばんだ暖簾の間から、そっと中を覗き込んだ。20名ほどが入れる広さの店内には、常連客らしい男が数人いるだけだった。    渚はふと、客たちの中に見知った背中を見つけた。派手な刺繍の入ったジャンパーを着て、よれて皺だらけのキャップを斜めにかぶっている一人の老人。みすぼらしさと派手さの入り混じった奇妙な格好をしたその老人は、間違いなく爺ちゃんだった。    電球の淀んだオレンジの光が、爺ちゃんが吐いたたばこのもやを浮かび上がらせた。その後ろ姿一つだけで、渚には爺ちゃんが家にいる時よりもずいぶん安心して、リラックスしているのがわかった。    爺ちゃんはヨレヨレのズボンを履いていた。渚はそのズボンが、もう何ヶ月も洗われていないことを知っていた。婆ちゃんはかつて毎日のように、爺ちゃんのその不潔さを大きな声で口汚く罵っていたが、近頃はもう何にも言わなくなった。爺ちゃんが好き勝手に飲み歩いたり甘いものを食べ漁ったりタバコをやめないのにも、もう何にも文句を言わなくなった。去年の夏、爺ちゃんの膵臓にガンが見つかってから、好きにさせてやろうと決めたらしかった。  渚は爺ちゃんと最後に話したのがいつだったか、もう覚えていなかった。渚は爺ちゃんのヤニだらけの歯も、テレビのコメンテーターに向かって大きな声で悪態を吐いて憂さ晴らしをする癖も、競馬と酒しか趣味のないことも、お調子者で何でもかんでも近所の人にペラペラくっちゃべる癖も、爺ちゃんの飼っている汚らしいモップみたいな雑種の雌犬も、全て、全てが気に入らなかった。爺ちゃんが癌になる前も、なった後も変わらず、許せなかった。
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