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 紙を破りそうな筆圧の強さや、ナイフのように尖って歪んだ人物のあご。中でも特徴的なのは顔の面積の8割を占める巨大な瞳で、それは見るたびに肥大していき、やがて人物の顔を突き破るのではないかと思われた。瞳の中には星々が鮮やかにきらめき、別の宇宙が潜んでいるかと思われた。人物の周りには常に、バラや星がぶちまけられていた。佐紀は流行りの少女漫画を真似て描いているのに違いなかった。  他にもそういう少女絵を描く生徒はいるにはいたが、佐紀の絵ほど決定的なものを描く生徒は、渚の知る中ではいなかった。実のところ渚もそういう瞳の大きな少女の絵を、たまにノートの片隅へ描くこともあった。だがそういう絵を描く自分に対していつからか、言葉にできぬ強い恥じらいのようなものを覚えるようになっていた。しかし佐紀の絵には恥じらいなどかけらも感じられなかった。堂々と真正面から、その大きな宇宙を孕んだ大きな瞳で、こちらをじっと睨みつけてくるのであった。  渚はその絵に、強烈な魅力を感じた。いうまでもなく、佐紀の絵はプロの描くものに比べれば、稚拙かつ、未完成であった。だがその絵には、一言では片付けられない何か、強烈な信念のようなものが潜んでいた。  渚は佐紀の絵に、無意識のうちに物語が引っ張られていくのを感じた。はじめ大人しく、引っ込み思案だった愛は、物語の進むにつれて、自分のうちに潜む愛を、惜しげも無く表現するようになった。佐紀の絵にも、ますます力がこもった。  佐紀は誰よりも熱情的に渚の書くものを支持し、応援した。結果として「カワラブ」のあちこちには、佐紀の美しすぎる絵が散りばめられることとなった。佐紀の絵に接着した渚の文字は黒く汚れ、くすんでいったが、渚は全然気にならなかった。
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