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祖父は名をハギリシュウイという。
中肉中背のやや猫背。運動はこなす程度で成績は中の下。暇さえあれば美術部に入り浸る、無口で目立たない少年だったそうだ。
「お、キレーな青空」
高校三年生の秋。ハギリは黙々とキャンバスに向かい、卒業制作に取りかかっていた。
「その真ん中の、太陽か?」
「太陽にしちゃ弱々しくないか」
「これから塗り重ねていくのさ。な?」
美術部の仲間達が背後でやいやい言っている。が、彼は特にリアクションを返さなかった。
外野は好き放題言って、ハギリはそれに対してろくに返事もしない。仲が悪いというわけではない。単にそれが彼らの常だった。
「あ、やべ。購買閉まる」
「腹減って死ぬ。ハムカツコロッケ!」
「レーズンパン!」
「ピーチサイダー!」
「さっさと買ってこい」
走り去る部員達。静かになった、さらに言えば気温さえ数度下がった部室の隅で、彼はひとりため息をこぼした。
その時だった。
「それ、月?」
全く意図しない方角から声がして彼は飛び上がった。
彼は部屋の奥、カーテンを深く引いた窓近くに、入り口から背を向ける姿勢で陣取っている。
声がしたのはその入り口付近だ。振り返るとそこには、一本の棒が立っていた。
「月でしょう。さっきの奴は太陽だなんてトボケていたけど」
いやそれは断じて棒などではなく、よく見れば髪を長く伸ばした少女なのだった。
「なんで」
ハギリが短く問いかけると、少女は極端に隆起の少ない身体を気だるげに揺らしながら部室へと入ってきた。
しげしげと絵を眺める。居心地の悪さに彼が顔をしかめていると、少女は小さく口角を上げた。
「パセリセージローズマリータイム」
「は?」
「そう。そうね。んん、イメージの理由を言語化するのは、あまり得意ではないのだけれど」
言葉を探すように、少女はうなじに手をやった。
「太陽を描きたがっているようには見えない、っていうか。輪郭を描いている時の手つきなんか、とても燃える球体を描いているようには思えなくて」
返答の代わりに、ハギリは大きく息をついた。
「いつから見ていたんだ」
「人聞きの悪い言い方するのね。ここ、いつだって全開じゃない」
彼女の言う通りだった。この学校に通う生徒ならば誰でも、特にそうと意識していなくても、ハギリの制作現場を幾度となく目にできただろう。
けれど。
「初めて言われたよ」
「何が。太陽じゃなく月だって?」
「ああ。青空のイメージが強いのか、皆これを太陽だって言う。俺の描き方が悪いのかもしれんが」
「月は昼間も出ているのにね」
彼女の言葉に、ハギリは珍しく相好を崩した。
「そう。そうなんだ」
そわそわとして、彼はやおら席から立ち上がった。
「俺は、あれが好きでさ」
「昼間の月が?」
「そう。ぼうっと眺めていたんじゃ気づかない。だけどこちらがそうと気づいたら、あれは確かにそこにある。そういうところがね」
「そう」
ポーカーフェイスで頷いてから彼女は、でも、と呟いた。
「私は嫌い」
「え?」
「見せるならはっきり示す。見せないならしっかり隠す。どちらかにすべき。諦めきれないで、なのに主張する度胸はなくて、あわよくば気づいてもらえたらなんて、気持ち悪い」
「…………」
「ああでも、気にしないで。これは多分」
ハギリが絶句していると、彼女はそう言って歯を見せた。
「同族嫌悪だから」
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