闇夜の徘徊者

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 用を足し終わり、洗面台の鏡の前に立ったみゆきは、鼻歌まじりに自分の前髪を整えていた。夜はまだ長い。今夜はみんなと恋愛や大学生活についてさんざん語りつくそう、みゆきはそう考えながら破顔した。  髪の毛を整え、リフレッシュしたみゆきは明るい公衆トイレから、闇夜に飛び出した。その瞬間である。誰かが、背後からみゆきを羽交い絞めにした。 「えっ!」  仰天したみゆきの左の頬に冷たいナイフの刃先が触れた。 「声を出すんじゃねえ。いいか、静かにしていればなにもしない」  低くくぐもった男の声だった。薄暗い中、真後ろにいる男の容姿は判然としない。 「こっちにこい。いいか、絶対に声を出すんじゃねえぞ」  続いて男は、みゆきをグイと引っ張ると公衆トイレの裏側にある雑木林へと引きずり込んでいった。その力は抵抗し難いほど強く、また男の機敏さも手伝って、みゆきは、あっという間に雑木林の漆黒の闇に呑み込まれていった。 「……ああああ……あの……あの……」  恐怖で声にならないみゆき、男は野生の力で怯えた女子大生の自由を剥奪していく。
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