88人が本棚に入れています
本棚に追加
/152ページ
春の女神は……2
「 なんで?
あんた、金ないの? 」
ストレートな疑問をリョウは口にした。
しばらく言葉を探すように躊躇っていたその青年は、
言わないとここから退かないぞ、
と言う態度をありありと主張している目の前の作業着にヘルメットの男に、
とつとつとことの経緯を話し出した。
上背のある身体をやや俯けて、
恥ずかしいのか多少吃りながら話すこと。
それは、
勤め先の設計事務所で、
連日の徹夜続きで疲れ切ったところ、
暫くぶりに帰った家具付きのシェアハウスの管理会社が潰れてそこを即刻追い出されたこと。
それが昨晩のこと。
荷物はなんとか駅前のコインロッカーに預けたが、
泊まったカプセルホテルから駅に向かう路上でバイク強盗にメッセンジャーバッグをすられて財布の中の所持金、通帳、携帯全てなし。
眼を丸くしながら熱心に話を聞く目の前の男に、
引き渡しまで期日のタイトな工事で、
抜けられないと思い、
警察に届ける暇も、事務所に連絡する暇もなく現場にやってきた、とそこまで話をして、
体躯の良い体を小さく纏めて
言わずとも良かったと後悔を滲ませるのはその背中。
水や弁当も買う金もなくガタイが良いのに倒れそうな彼の、
草臥れ汗に塗れた姿と
その見合った要領の悪さ。
放っておくことができず、
やおらスマフォで時間を確認したリョウは、
「 ちょっと待ってろ 」
とその早瀬 航と名乗った男を待たせて、
現場の囲いの外に出て行った。
え?
と棒立ちになったその青年が、
何分か立ち尽くしてるところに、
リョウはコンビニのビニール袋を持って帰ってきた。
「これ、弁当 」
「 え? 」
「 いいから、食いなよ。
俺も食べるし。
俺のは朝買ってきたからあっちの中には置いてあるんだ。
来るか?
そこまで 」
袋を受け取った青年は、
驚きで返事が直ぐには返せない様子。
そんな様子を見やり、
「 そっか、
あの日陰ならそんなに暑くないから、
あそこのブロックのとこで待ってなよ。
あそこなら、ヘルメも脱げるし
暑いだろ?
被ったままだと
おれ、お茶と弁当持ってくっから 」
と返事も待たずにまた現場のプレハブのほうへ駆けて行った。
その後は遠慮しまくる青年に
いいから食いなよ!と
なんとか昼飯を終える。
リョウから冷たい麦茶を受け取りながら、
現場の打ち合わせ後には警察に行きますからと
約束した彼は、
午後2時からの打ち合わせにやってきた事務所の先輩とともに鉄骨もあらわなビルの中に入っていった。
冷たく取り済ましたようなその風貌の先輩が、
現場の職人がたちにはあまり良い評判でないのを聞くとはなしに聞いていたリョウ。
その事務所の先輩と共に鉄骨のフレームの中に入って行った早瀬と名乗ったその青年のことが、
午後のうだるような暑さの中、
現場の作業が止まるたびに気にかかっていた。
最初のコメントを投稿しよう!