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春の女神は………
春の女神は……1
夏も終わり台風が度々邪魔をする施工日程の詰まった現場で
リョウは薄給の建築士の見習いの若者と知り合った。
夏の暑さが未だその陽の勢いに尾を引く現場。
足場から少し離れた路肩に
全く元気なく座り込んで動けない彼に声をかける。
「 おーい、そこ今からクレーン移動させるから!! 」
俯いていたヘルメットが僅かにリョウのほうを見る。
暫くぼんやりと眺めていた男は、ハッとしたように立ち上がりかけると、
その身体は僅かに傾ぎ、安全靴を履いた足元はたたらを踏んだ。
「 おい!!大丈夫かよ。
具合悪いんなら 」
慌てて近づいたリョウが声を上げると、
男は深く息を吐きながらようやく応えた。
「 いや、すみません……
大丈夫ですから 」
と足場に手をかけて体制を直して、
それに沿ってその場を離れて行こうとする。
「 ちょっと、待ってよ。
ほんとに、ふらついてんなら安全上まずいから 」
とリョウはその去って行こうとする肩に手をかけると自分より遥かに背の高い男の顔を覗き込んだ。
ヘルメットに隠れた男の面立ちは、
やや青ざめてはいるが、
案外見てくれが良くリョウは軽く眼を見張る。
こんなやつ現場にいたっけ?
「 あんた、名前は?」
と聞くと男は、
聞いたことのある名前を伝えてきた。
「 鴻池設計の者です 」
「 え?コーノイケ……? 」
聞き覚えのある名前を告げ、
目の前でタタラを踏んだ男をほっておけるわけもなく、
リョウは近くの同僚に声をかけるとその男を引っ張って足場より少し離れた仮囲いの塀の日陰に座らせる。
具合が悪そうな上に座った途端に項垂れため息を吐くその男。
具合が悪いだけじゃない?
気になったことは腹に貯めておけない性格、おまけに現場ではある程度の立場を持たされてるリョウとしては、
この男の様子が気がかりでになるのは当然のことだった。
隣に腰を下ろし、
腰にさした予備のペットボトルを差し出しながら、
「 ほら、これ飲んで。
どうした?
具合悪いだけじゃない? 」
リョウはその男の名前と
なぜ落ち込んでいるかと訳を尋ねた。
差し出したペットボトルに躊躇を見せる男の手にキャップを取って強引に握らせると、
男は深く一回頭を下げて、
そのあと、勢いよく500ミリの水を飲み干した。
もう一回息を吐いたあとに
「 すみません……
ありがとうございます。
早瀬 、はやせ 航 です 」
「 ハヤセ コウ? 」
「 はい、
この現場の…… 」
「 知ってるよ、コーノイケって
設計の先生だろ?
このビルの 」
「 はい 」
「 おれ、ここの下請けの
安堂組の高光凌。
それで、なんでこんなフラフラになりながら現場来てる?
そんな足もとじゃ、
まずいっしょ、
設計屋さんが中に入るのに 」
「 すみません…… 」
そう言うなりまた黙ってしまった男の肩をリョウは軽く叩くと
「 後1時間くらいで昼メシだからさ、
調子出ないんだったらここで休んどきなよ。
多分弁当がもう来る頃だから持ってきてやるよ、ここに 」
と言いながら立ち上がりかけたリョウに
男の言葉が聞こえてきた。
「金、ないんです……
だから弁当は 」
「 え? 」
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