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翌日、また二人で向かい合って朝ご飯を食べた。もう窓に貼り付いた蝶のこともほとんど気にならなくなってきていた。でも僕の座る位置からは丁度、床に落ちる蝶の影がよく見えた。床の上の黄色と黒の光は、蝶の羽自体のもろさよりもっと危うげに見えた。
食事を終えると彼女は、東京駅で待ち合わせることにしましょう、と言った。それは僕が服を着替えたいと言ったせいだったが、
「その方が、デートという感じで嬉しい」
という彼女の言葉がどこか作り物めいて響いた。
彼女はまたすぐにね、と言いながらも、僕を玄関まで送った。そして僕の体を軽く抱き、キスをした。
駅に向かう路の途中、ツツジが咲いていた。少ししおれかけてはいるがまだ鮮やかなピンクを保っていた。思わず立ち止まり見つめると、奥まったところに咲いた花から、一匹の蝶が飛び立っていった。僕はその蝶を目で追った。
彼女は本当に東京駅で待っていてくれるのだろうか。
蝶の行方を見失ったとき、僕は彼女をも見失ったような気がした。
〈了〉
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