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 それから僕は毎日、仕事が終わると彼女の家に通うようになった。夫が突然帰ってきたりはしないのか、不安に感じることもあったけれど、もし出くわしてしまったのなら、そのときは、きちんと対峙しようと思っていた。  二日目は焼き魚と肉じゃがの和風のメニュー、三日目はマーボー豆腐と春雨サラダという中華風のメニュー……彼女は僕の好みを探るように、色々なレパートリーを披露してくれた。料理はすべておいしく、彼女とする食事は楽しかった。僕たちは見つめ合いながら、微笑みながら、おしゃべりをしながら、のんびりとした夜の時間を過ごした。  西田さんの家で過ごす四日目は金曜日だった。 「週末はどうしよう」  僕は彼女にそう切り出した。どこかに二人で出掛けたかった。少し無理して東北の方まで桜を見に行くのもいいかもしれないとか、二人で温泉に行ってゆっくりする方がいいかなとか、僕の中には、弥生と向き合う時間には生まれないような様々な希望が生まれてきていた。  でも彼女は、デザートのりんごを何度かフォークでつつきながら、しばらく返答に困っているようだった。そして、 「やっぱり、家は空けられないの?」  と聞くと、静かに頷いた。僕は思わず軽くため息をついていた。  その夜も僕は彼女を抱いた。もう弥生のことはほとんど考えなくなってきていた。日曜日はどこか行く、というメールに、ちょっと忙しいかも、という短い返事だけ返し、僕は西田さんのそばにずっといた。そのままずっといたいと思った。 「ねぇ、もし、だけど」  セックスが終わり、シャワーを浴び、改めてベッドに横になってから、僕は彼女に腕枕をしてあげながら言った。 「ずっと一緒にいようって言ったら、ご主人とは別れてくれる?」  彼女は僕の方は見ず、無言のまましばらく天井を見つめていた。そこになにか大切な物がくっついているかのように真剣な目で。  僕には自信があった。彼女の夫より僕の方が彼女を幸せにできると。  でも彼女は相変わらず上を向いたまま、微かに口を動かして、小さな声で言った。 「分からない……」  と。  僕は、ごめんと謝り、その話を終えようとした。重大な選択を迫るには、まだ僕たちのつきあいは浅すぎると分かってもいたから。でも彼女はゆっくりと僕の方に向き直り、目を見つめて言った。 「明日、やっぱりどこかに出掛けましょうか」  彼女はゆっくり微笑んだ。僕は思わず、「え、いいの」と勢い込んで言って、それから彼女を強く抱きしめた。  そのときまで、介護ベッドのことも、蝶のこともそこまで意識しているつもりはなかったけれど、彼女の言葉を聞いたとき、ようやくここから離れて健全なデートができるのだという喜びが、体の中を満たしていった。
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