隠れんぼ絵画

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 今月の掃除場所は、教室に割りあてられている。教室掃除は、ほうき、ぞうきん、黒板、ごみ捨て、廊下の五種類を日ごとにローテーションしている。やることが多いから、二班で掃除をする。普通、一つの場所につき一班が配属されるのだ。一クラスだいたい六班が相場だから、五ヶ所を一つのクラスが手分けしている。  今日は雅也と黒板をやることになっていた。左半分を任せる。文字の跡が残らないように、左からのくだらない話を適当にかわしながら、力と念を込めて上から下に黒板消しを滑らせる。  今日もまた、後ろでは野球大会が始まっていた。丸めたぞうきんをボール、ほうきをバッドに見立てて飛距離を競う。黒板を満足いくまできれいに消し終えてもまだ遊んでいた。そろそろ学級委員長としてやんわり言っておいた方がいいな、と文言を考える。球がベランダを背後にバッドを構える蓮に向かって飛ぶ。バッドが振られた。しかしストレート球は彼の横をすぎる。同時に何かがあたった音がした。間もなくガラスが割れる音が続く。教室内が一気に静まった。床にはガラスの破片と中身がぶちまけられている。振りきられたほうきが、ロッカー上の金魚鉢を落としたのだ。  運がよいのか悪いのか、そこにはちょうど近藤さんがいた。さっとその場に駆け寄って、蓮に何か容器を持ってくるよう頼んだ。騒がしさが戻ってくる。これを知ったら、堤はどういう態度を取るだろうか。思わずふっと笑いかける。  数分後、運び込まれた容器は水の張られたビーカーだった。蓮の息が上がっている。理科室まで行ったのか。容器くらい、もっと近くにあっただろうに。理科室は反対の校舎にある。床でのたうち回っている小魚を放り込む。  近藤がこの場にいない持ち主のために怒ることはなかった。もともと怒りとはほど遠い世界にいるような人だ。文句を言うよりもなだめる方が得意なタイプ。代わりと言わんばかりに他の女子が激怒した。金魚鉢を割ったことに対してだけではない。前から掃除中に遊ぶ男子をよく思っていなかったのだから。 床に散らばったものを処理してから、誰ともなく堤さんには秘密にしておこうと言い出した。容器さえどうにかなればなかったことにできるわけだから、悪い判断ではないだろう。だがおかしなことに、金魚鉢は全く罪のないはずの近藤さんが用意することになった。  掃除が終わると勝手に放課なのだが、担任教師が珍しく戻ってきた。教卓の中をあさり出す。うちの担任は何かとよく忘れる。  このあとは真っ直ぐピアノ教室に行く予定だ。雅也はいろいろな人に声をかけて、大人数で祭りに行く計画を立てている。相変わらずの行動力だ。 あっ、一つ。先生が突然しゃべり出す。この前の色鉛筆のやつ、うちのクラス代表は近藤になった。はい、拍手。無気力な一声に合わせて、ちょうど残っていた生徒たちが拍手をし出す。以上、気をつけて帰れよー。言い残して去っていった。  色鉛筆のやつ。「私の一枚」という近隣七地区の小中学校を巻き込んだ、絵画コンクールだ。色鉛筆限定で、八月の末くらいに結果が発表される。学校ごとに学年から一枚ずつ応募することが可能で、賞を取った生徒にはなかなかよい賞品が与えられる。去年は米だった。若草第四中学校では、クラスから一人ずつ代表を選んで、その中からさらに学年代表を選び取るという面倒くさいシステムになっている。  絵心のない人間には、無縁な話だが。
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