隠れんぼ絵画

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 土日を挟んだ翌朝も、内田は少しも許してはくれなかった。目さえも見てくれない。今日読んでいた本は、芥川龍之介。クラス一の読書家は毎日読む本を変えている。司書の先生曰く、何ページあっても一冊なら一日で読み終わるらしい。そして気分によって読む作者を変えている。中でも芥川龍之介が好きらしいので、読んでいるときは機嫌がよいときで間違いはない。機嫌がよいことと許す気持ちは別ものか。図書室を出る。  ドアが閉まっているのに、教室内の騒がしさはだだ漏れだった。無理もない。注目の堤さんがいよいよ帰ってきたのだから。教卓のあたりに人だかりができているのは、目の前が彼女の席だからだろう。自分の席に荷物を置く。便乗して形だけでも人ごみに紛れておく方がよいのだろう。流れに乗っていけない人間は、置いていかれる。ふと真後ろに目を向ける。ビーカーは金魚鉢に戻っていた。これで掃除の事故は、何ごともなく終わったわけだ。  一時間目は、理科だ。海外の新鮮な話を聞いて浮足立っている中、化学室での実験。四人一組の班になって行う。今、理科では電気の単元をやっていた。アンペアだ、ボルトだ、オームだ、云々。今日は電気抵抗の実験。担任は理科の担当教諭でもあった。始まりのチャイムが鳴る前に、続々と化学室に移動する。そこでもアメリカの話題で持ちきりだった。朝のショートホームルームで、お土産だと言ってどぎつい色のお菓子が配られたことがさらに効果を増している気がする。食べるにしては配色を間違っているマシュマロが渡ると、周りはひどく歓喜した。全く理解できない。どう見たって人間の食べものではないじゃないか。なにはともあれ、すっかり室内は米国色だ。しかし、先生が、少し遅れるって。間延びした近藤の一言で、にわかに薄らいだ。なんで? どこからともなく湧く疑問の声。なんか、授業で使うプリントを、印刷し忘れたみたいだよ。理由を聞いて一同の疑問はあきれに変わった。毎度似たような目に遭っているせいだ。  実験では抵抗を増やしたり減らしたり、大きさやつなぎ方を変えてみたり。プリントに結果をまとめる。教科書通りになっていた。一息つく。考察を添える。全て終えると提出した。うちの班は実験が少し違う早く終わったので、チャイムと同時に理科室を出ることができた。 「そういや聡太郎、発表会どうだったんだよ」  教室までの道のりを歩きながらずっとアメリカの話をしていたのに、雅也がいきなり話題を変えたので、すぐに反応できなかった。そうだよ、永井くん発表会だったもんね。えっ、そうだったの? 唐沢はにこにこと笑って、木村真子は驚いたように目を丸くしていた。さて、どうだったでしょうか。わざとおどけたように言って嬉しそうに見える笑みを浮かべる。唐沢さんがひらめいたように胸の前で手を合わせた。 「金賞でしょ? 絶対その顔、金賞取ったんだよね?」  教室に入る。ドアは閉められていたのに、朝までの冷気はどこへやら。廊下と変わらない暑さ。「さすが、唐沢さん。大正解」冷房をつける。  他の二人から歓声が上がった。  席についた。木村はロッカーに次の時間の国語の教科書とノートを取りに行く。テスト前にならないと勉強道具を家に持ち帰らない主義だと前に聞いた覚えがある。教室に次々と級友が戻ってきた。騒がしさが増していく中、なんの曲弾いたの? クラシックを聴くのが趣味な唐沢は、隣から身を乗り出して訊いてくる。ドビュッシーの、 「ねえ、ありちゃんの絵、なくなってない?」  木村のはっきりとした声に遮られた。
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