隠れんぼ絵画

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 見ればロッカーの前で目を怒らせている。背後にはなぜか美術の時間ではなく、総合の時間に描かされたクラス全員分の「私の一枚」があった。しかし、彼女の人差し指の先には、ちょうど一枚分の隙間がある。ど真ん中だ。絵は横に五枚、縦に八枚ずつ並べられていて、しかも番号順。近藤は名前の最初が「こ」だから、だいたい真ん中のところにくる。前後に貼られている作品を描いた人の名前欄は、久保田と斉藤。「く」の最後と「さ」の最初はこの二人だから、間違いなく間に入るのは「こ」の人だ。先生がはがしたんじゃないのー? そうだよ、有花の絵は選ばれたって言ってたし。どこからか意見が飛ぶ。このときにはすでにクラスメイトが全員そろっていた。  たぶん先生は、はがしていない。はがすのなら、一言断りをいれるはずだ。 誰かが気を利かせて、授業を終えたばかりの教師を連れてきた。本当にないなあ。先生は困ったようにぼやく。俺は取っちゃいないんだが。  さざ波のように広がるひそひそ声。端々から漏れ聞こえてくるのは、盗まれたとか、それに似たような言葉。これってやばいよな? 雅也があたり前の質問を真面目腐った顔で言うものだから、笑いかけてしまう。抑え込み、息を呑んでいるように見せかける。  チャイムが鳴った。とりあえず気にせずに授業を受けるように。先生が釘を刺したところでさして意味はなかった。国語はどうにか少しざわついているくらいだった。毎度そのくらいのお喋りはあるから、国語の担当教諭もたいして気にはしていなかった。その後の十分休みで、学級委員長としての意見を求められた。授業中にある程度考えをまとめていたのだが、訊かれるとは想定もしていなかったかのように目をみはって、うーんとうなる。首をひねった。適当な頃合いに口を開く。 「こんな悪質ないたずらができたのは、二年五組の人以外だと思う。クラスのみんなが仲がいいってこともあるけど、僕たちは一時間目に理科室にいたんだ。移動する前までは絵がないって気がつかなかったから、絵はちゃんとあったんじゃないかな? 僕たちがいなくなったところで、誰かはわかんないけど、近藤さんの絵を持っていったんじゃないかな?」  一瞬の沈黙ののち教室のあちこちで納得するような感嘆が聞こえてきた。慌てて、合ってるかわかんないからね。つけたす。それに、とここからは胸中で続ける。この推測には穴がある。犯人が近藤さんの絵を盗んだのは、彼女の絵が「私の一枚」クラス代表だからの可能性が高い。クラス代表の絵を盗んで得をするのは、 「このクラスの、誰かしかいないはず」  案の定、そこそこ頭のよい堤が、今さっき心の中でつけたしていたことを、そのまま代弁してくれた。眉をにわかに寄せる。確かにそうかもしれないけど、クラスのみんなを疑うのは。うつむき加減に弱気で反論。教室内の空気が変わった。堤さんの意見に完全に反対しない委員長の態度は、彼らの目には同意していると映っただろう。困り顔の仮面の内側で、ゆがんだ笑みを浮かべる。  騒然とする中で突然、内田が力強く机に両手をついて立ち上がった。騒々しさが静寂に変わり、クラス中の視線が彼に集まる。机を見下ろしていた。 「やっぱり許せない」  教室を出て行ってしまった。
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