隠れんぼ絵画

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 四時間目が終わっても内田が戻ってこなかったので、探しに行くことにした。さいわい給食当番ではないので、やることといったら自分と給食当番として皿に料理を盛るクラスメイトの分を配膳するだけだ。  雅也に探しに行く旨を伝えるとついていくと言い出したが、やんわりと断った。一人で行った方が優しい委員長を色濃くすることができるだろうし、何より今は彼と一対一で話したい気分だった。去り際の一言。犯人に向けているならば、やっぱりなんて余分な単語だ。矛先は永井聡太郎に向いていたと考えれば、文脈としてはしっくりくる。  もっとも、絵が隠されるところを見ていて何か口止めでもされているなら、また話は別だけれど。  授業を公式で抜け出せるところといえば保健室だから、向かってみることにする。しかし階段を降りて踊り場に出たところで、こちらにくる内田と目が合った。すぐさま逸らされる。大丈夫? 声をかけても返事がない。つかの間ためらってから、まだ、怒ってる? 質問を変えれば、ちょうど踊り場に登り切ったところで止まった。まだってなんだ。まるでおれが悪いみたいだ。ひどく落ちついていた。 「違うよ、内田君が悪いなんてことはないよ。僕が眼鏡を踏んで壊しちゃったわけだし。だから、ごめん」頭を下げる。  間があった。 「誰のために謝ってる?」  ――はっ?  ほんの少し顔を上げて様子をうかがう。仏頂面からは表情が読めなかった。胸が騒ぐ。 「おれのため? あんたのため?」 「僕は、僕のために謝ってる」頭を戻す。「内田君に謝ることで、許されたいって思ってるから」 「へえ、それはずいぶんとご立派な考えだなあ?」  ぞっとした。初めて、内田君が笑ったところを見た。笑うと言ってもちょっと違う。  これは、嘲笑だ。 「あんたの思ってること、あててやろうか? 毎日謝っても、なぜか許されない。あんたは周りに、優しくて親切な男だと思われてるから、周りからしたら懸命に謝ってるあんたを許そうとしないおれが悪人にでも見えてるんだろうな。一方が悪人になれば、もう一方は好印象を持たれる。つまりおれを踏み台に今の立場をもっとよくできるから、一生許されなくていいと思ってる」  嘘だろ。口元が引きつる。これ以上、ここにいてはいけない気がした。だからといって、逃げるべきではない。 「ちょっと待って」どうにか会話をつなぐ。「何を、言ってるの? 確かに今は許されなくてもいいと思ってるよ。内田君がいつか、本当に許せるときがくるまで、僕は何度だって謝るから。だから――」 「本当は」さえぎられた。「絵を隠したのはクラスの人間だって、最初からわかってた。が、あえて言わなかった。違うか?」  息を呑む。頭の中で警鐘がうるさく鳴り響いている。もしやこの男には、腹の内が全て見透かされているのではないか。  少なくともそうだ、あえて言わなかった。  誰かに不完全だと指摘されたところに、でもそうとは思いたくない、と的外れな否定をする。これで永井聡太郎は元からそのことに気がついているくらいに頭がよいが、優しいから言えなかったという印象を上乗せできる。黙っていると、内田がご丁寧にも思っていたことを説明してくれた。 「ずっとこのままあんたの演技につき合ってやってもいい。あんたが本当はどう思ってるのか誰かに言いふらすつもりはないし、天下の学級委員長様に謝られ続けるのも嫌な気はしない。けどもし、あんたにまだ善意ってやつが残ってるなら、隠した人物をつき止めろ。そうしたら許してやってもいい」不意に黒い目が、こちらを見た。「委員長、確固たる立ち位置を築くことも楽しいでしょうが、たまにはクラスに貢献することをしてたらどうですか? 利己心なしで」内田が横をすぎて階段を登っていく。しばらくその場から動けなかった。
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