隠れんぼ絵画

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 教室に戻ると、まだ給食の準備をしていた。黒板の上の時計は、授業終了から二十分が経っていることを教えてくれた。当番ではない生徒が列をなして、自分の分だか当番の分だかを運ぶ。内田も列に紛れていた。  机の上に教科書を出しっぱなしにしていたので、かばんにしまう。真後ろでは堤が金魚鉢の前でぼーっとしていた。声をかけようとしたが、声にならなかった。すると堤が振り返った。 「永井くん、私が休んでる間に、この子に何かあったりした?」指の先には金魚。何かあったが、言えるわけがない。かぶりを振る。すると、堤はうなって首をひねった。「絶対、この子うちの子じゃない。確かに同じワキンだけど、うちの子はうろこに傷、入ってたから。横にびって」胸の前で手を横にすると、そのまま右に一線を引く。「そんなに目立たないし、光で反射したときくらいにしか見えないけど」ワキンとは金魚の種類の一つなのだそうだ。えっ、そうなの? 訊いておきながら、金曜日のことを振り返る。生きていたはずだ。水の中を泳いでいたのを覚えている。 「あとさ」さらに追及は続く。「水槽変えた?」  マジか。引きつりそうになる顔を必死に抑える。だが同時に納得もしていた。博士と名づけられるほどの持ち主が、気づかない方がおかしいのだ。魚に興味のない素人たちが玄人の観察眼をごまかしきることなど、できるはずがない。  だからといって――小首をかしげる。えっ、うーん、どうだろう。ごめん、僕にはわからないなあ。とぼけた。そっか、気にしないで。つぶやいて堤さんは金魚鉢の前を離れていった。
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