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教室に戻る。絵を前に立ち止まった。内田がロッカーの上に両手をついて飛び乗る。「まず、絵のクラス代表は?」
「近藤さん」
「次に金曜日、金魚鉢を落とした人は?」
ぎょっとして周りを見た。堤も、野球ごっこをしていたグループもちょうどいない。いきなりなんなんだよ。誰かが怒鳴った。境に他の人も便乗して文句を唱え始める。大半が内田への文句だが、聡太郎も何やってんだよ。混ざって聞こえてくる。ここで内田をなだめて、退場するのが得策に決まっていた。
「蓮。宮田蓮だ」
だが、叫んだ。静まる。ロッカーの上からうなずきが帰ってきた。宮田、宮田とつぶやきながら、ロッカーの上で身をかがめて絵を探していく。下から二列目の一番右にあった。断りもなく四隅を止めているがびょうを取りにかかる。何してるの。下から尋ねれば、まだわからないのか。冷たい一言に蔑むような目。つい、ひるむ。一つが取られたとき、目を疑った。
蓮の絵の下に、もう一枚あったように見えたのだ。
もう一ヶ所外されて錯覚でもなんでもなく、本当に二枚重なっていると確信した。内田が見つかった絵をこちらに差し出してくる。顎で近藤を指した。確認してこい、か。必要はない。名前欄にはっきりと、近藤有花の四文字が並んでいるのだから。だが遠巻きに様子をうかがっていたクラスメイトたちは気になったようで、見たいと言いながらそろそろと集まってきた。本当に、有花の絵だ。間違いないな。蓮がやったのか? あいつがこんなことするわけ。
その通り。内心で、信じられないと漏らしている一同に答える。やったのは蓮ではない。「こんなことが起きたのは」蓮の絵を止め直している内田が、語り出す。手元の絵に集中していた目が、ロッカー上に持ち上がる。「金曜日に、金魚が殺されたから」
そういうことか。わけがわからないとざわめき出すクラスメイトたちとは対照的に、一人で納得してしまった。「金魚鉢が割れてビーカーに移した直後は、今までと変わらないように見えていた。けど、実際はかなりすごい衝撃だったから、近藤さんが新しい金魚鉢に移し替えようとしたときには、もう駄目だったんだね」
「もしくは、元々ビーカーなんて薬品いれて実験してるわけだ。その成分がおれたちの目では落ちているように見えてもうまく落としきれてなくて、死んだのかもしれない」止め終えたらしくロッカーから飛び降りた。近くにいた数人が、微妙に離れる。
「そこで近藤さんは金魚を入れ替えることにしたんだ。このままにしておくわけにはいかないし、世話を任されていた自分のせいにされることが目に見えていたからね」
「でもさあ、それって悪いのは落とした宮田じゃん。なんで有花が非難されんの?」真横にきて絵をのぞいていた女子が、首をかしげる。
「堤さんに金曜日のことを言わないって、みんなで約束したからじゃないかな?」ゆっくりと振り返る。遠巻きに見ていた近藤さんの肩が跳ねた。
「金魚は夏祭りの金魚すくいで取ってきたもの。これで代わりの金魚は用意できた」内田が独り言のように続きを引き継ぐ。「けど、金魚を可愛がってる堤彩葉は魚博士と言われるほどの魚好き。もしかしたら、いれ替わってることがばれるかもしれないと、近藤有花は考えた」
「だからもっと目立つ事件があれば、いれ替わった金魚のことから目を逸らせるんじゃないかとも、近藤さんは思ったんだ。例えば」唇がどうしようもなくゆがみそうになる。一呼吸置いた。
「クラス代表の絵がなくなる、とかね」
困惑しているクラスメイト。近藤さんの顔色が悪い。
「隠したタイミングは、一時間目、移動教室でクラスに人がいなくなったあとだ。担任が遅れると近藤有花しか知らなかったのは、教室に残ってたのが近藤有花と担任だけだったからだ」
「先生は一度職員室に戻って理科室に行く予定だった。けど、プリントを印刷していなかったことに気がついたんだ。みんなに言おうとしたけど、すでにみんなは移動してしまって残っていたのは近藤さんだけだった。近藤さんは教室から人がいなくなるのを待ってたからね」
反論はなかった。近藤の友人が、本当のことを言ってくれと懇願している。
おそらく彼女のシナリオでは、絵はいつか見つかる。蓮の絵の裏にあることから、犯人は蓮なのではないかと疑いを向けられる。しかし、身に覚えのないことに彼は必死に否定するだろう。蓮は誰かにはめられた説が濃厚になる。結局やった人物はわからないまま、迷宮いり。金魚がいれ替わったこともばれず、ハッピーエンド。
真相を明かした側だが、誰か一人に責任を押しつけられそうにない。発端は金魚鉢が落とされたことだが、そのことを本人に隠したのは落ちたところを見た、教室掃除の十二人。約束をしたから、近藤さんは金魚が死んだことをなかったことにしなければならなかった。最初から、金魚鉢を壊してしまったことを隠さなければよかったのだ。
しかし、周りは異口同音にこう言っていた。
死んだってわかった時点で言ってくれれば、もう隠すことはしなかったのに。どうして大事なことを言わなかったのか。
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