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「本当に冗談じゃないの?」
石上を見た。
「冗談でこんな事できるかよ」
「でも、いきなり過ぎる。なんでなの?」
「なんでって……だから好きだって言ってるじゃないか」
「どうして?」
「答えづらい事ヅケヅケ聞くなよ」
「だって、何か訳がわからないって言うか」
石上がため息をついた。
そして思い出すように窓の方に視線を向けた。
「大学生の時、バーベキューした事あったよな。ゼミのイベントで」
夜景を眺めながら石上が言った。
「お前さ、あの時、あんまり食べてなかっただろ。裏方ばっかりで」
「そういう性分だから」
「お前って要領悪いよな。いつも割りに合わない仕事引き受けてさ。それで文句を言うって訳でもなく黙々とやるんだよ」
「石上には言ってるよ」
「そうだな。俺には言ってるな。でも、少しだろ?」
「そんな事は……」
そんな事はない。そう口にしようとして、目の奥がうるっとした。
不覚にも泣きそうになる。
「意地っ張りだよな。もっと弱音吐けよ」
「これ以上、石上に弱点なんてさらせない。だっていじめっ子だもん」
「まあ、そういう所が好きなんだよ」
石上がこっちを見て笑った。
今まで見た事のない優しい笑顔だった。
マンションに帰っても石上の笑顔が頭から離れなかった。
あいつ。あんな優しい顔もするんだ。
いつも怒ってるか、からかってる所しか見た事がない。
気持ちが揺れる。
でも、私はやっぱり課長が好きで………。
だけど、課長は今でも奥さんが好きで、私なんて入り込む余地なんてなくて……。それでも、やっぱり課長が好きで……。
どう考えても、諦められない。
なんて往生際が悪いんだろう。
一層の事、課長に嫌われたら諦められるのかな。
嫌われるか。
もしも、また香港まで追いかけて行ったら、さすがに引かれるよね。
自分でもそう思う。
だけど、最後にもう一度だけ課長に会いたい。
今のままじゃ終われない。
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